第6話 剛力の少女

「…………ああ」


 少女の言葉を受けて、返す言葉がない、という風にジンは声を漏らす。そんな彼に少女は言葉を続けて投げかける。


「そりゃ、私以外の奴らも逃げ出してくわ。アンタみたいな怪しさの塊みたいな奴らに助けられたなんて、普通じゃ考えられないもの。顔を見られたら都合が悪いことでもしに来たんでしょう? じゃなきゃ有り得ないわ。さっきの連中もフードをかぶって外に人攫いに行ってたし。同じようなもんでしょ」


 少女は頭を抱えているジンと倒れたままのレプトを睨む。確かに彼女の言っていることは正しい。室内でフードなど、異様の極みだ。悪事をすると考えるなら納得はいくが。

 少女は自分の考えに全く疑いを持っておらず、今もレプトとジンに相対するように身構えている。そんな彼女を見て、説得するのは骨が折れそうだとジンは唸る。

 そんな時だ。


「つってもいきなり殴る必要はねえだろ」


 少女に思い切り殴られて倒れていたレプトが、フードを強く抑えながら起き上がった。


「いてえ……どんな馬鹿力だよ」

「レプト、怪我はないか」

「まだ痛むけど、それだけだ。特に問題はない。それよりも……」


 ジンの言葉に応えながら両足で立つと、レプトはわざと聞こえるように大きい音で舌打ちをして自分を殴った少女を見る。


「よくやってくれたな。こっちは助けてやったっていうのによぉ」


 レプトは手に持っていた剣をわざとらしく見えるようにチラつかせてすごむ。そんな彼に、少女は全く臆することなく向かい合う。


「助けたんじゃなくて、攫いに来たの間違いでしょ」

「攫いに来たんだったらあの女達の縄外すわけねえだろ」

「知らないわよ、アンタらの都合があるんでしょ。じゃあ聞くけど、必要以上に顔を隠すのは何でよ」

「事情があんだよ」

「事情って何よ。後ろめたいことがあるから隠すんでしょうが」


 レプトと少女は、怒鳴るまではいかないが語気を強くして言い合う。彼らの話は平行線で、お互いが納得する着地点を探すには長く時間がかかりそうだった。それがすぐにうかがい知れるほど二人は頑固で、言うなれば幼稚だった。

 しばらくすると、レプトの方が先に呆れた様子でため息を吐く。


「ああもう、勝手にしろよ。お前は自分が危険に晒されなきゃ満足なんだろ? じゃあ、俺らはどっか行くから。それなら、もう疑いがどうのこうのなんてどうだっていいだろ?」


 レプトは最早、少女を説得することを諦めてテキトーになる。善行が仇で返ってきたのだから自棄になるのも仕方ないだろう。

 だが、それは少女が許さなかった。彼女は、剣を鞘に納めて建物から出ようと階段の方へ歩き出したレプトを引き留めて言う。


「いーや。少なくとも私の手が届く範囲で悪人は見逃せないわ。さっきの人攫いの男達もアンタ達が来なかったら私がぶっ飛ばすつもりだったけど……アンタ達みたいな悪い奴らは、この私が成敗させてもらうわ」


 少女はレプト達を倒すという宣言にも聞こえる言葉を言い放ち、両の拳を構えた。やる気満々という様子だ。

 しかし、レプトはその宣言を背に受けると、再び大きく舌打ちをする。そして勢い良く少女の方へ振り返り、頭に血が昇っているとハッキリ分かる大きい怒鳴り声を上げた。


「いい加減にしろよ! 何回言ったら分かるんだ? 俺達は悪人なんかじゃねえ!」


 レプトの怒声に、少女も声を大きくして返す。


「じゃあ少しは信用されようとしたらどうなの? 顔見せるなんてすぐできるでしょうが!」

「事情があるって言ってんだろ! 絶対無理だ」

「事情って何よ」

「話せねえ」

「それで信用されようとしてるって言うんならすごいわね。事情は話せないって文句で信頼が築けるんなら詐欺商売はあがったりよ」


 少女の強い言葉を受けて、レプトはますますその苛立ちを強める。だが、これで状況が変わるわけでもない。どうしようもないと感じたレプトは、二人の言い合いを傍から見ていたジンに加勢を求める。


「おいジン、お前からも何とか言ってやってくれよ」


 レプトが頼ってくるのに対しジンは、腕を組みながら首を振る。


「いや、彼女の言う通り、俺達はどう考えても怪しい見た目をしているしな……」

「はぁッ!? マジかよ。ジンまでそんなこと言い出したら……」


 レプトが頼りにしたジンは、少女を説得することに関していち早く諦めた様子だった。レプトにとっては説得する相手が増えたように感じられ、弱々しい言葉を吐く。そうしながら、彼はまずジンに向かって説得の言葉を投げかけ始めた。


「…………」


 そんな風に、フードをかぶった男二人が話している様子を少し離れた所で少女は見ていた。


(やっぱ、まともに見えない……)


 少女は怪訝そうに二人の様子を見ながら、改めて二人の不審さを確認する。二人共、顔が全く見えなくなるように深くフードを被っていて、剣を腰に提げている。恐らくこれほど不審な人間は世界を探しても多くはいないだろう。


(さっき起き上がるときも、絶対こっちから見えないようにフードを押さえてたし……相当名の知れた手配犯とか? うぅ~ん……ここまで来ると、疑いよりも単純に……)


 絶対に自分の顔を見せようとしないレプトとジン、少女はその二人に、疑い以外の感情を抱き始めていた。それは非常に幼い感情だ。


(見たい……!)


 彼女はその感情に抗うことなく身を任せ、動き出す。


「少しくらい味方してくれよ、ジン。お前はいつも……」

(私の方に注意を向けてない。……今なら)


 ジンに向かって最早説得とは思えない日々の愚痴をこぼしているレプトの方へ、少女は地面を一蹴りして一気に接近する。地面を強く打つ音によってレプトとジンは少女への警戒を思い出すが、彼女は止まらない。レプトのすぐ眼前にまで迫ると、右足を振り上げた。


「はッ!」


 掛け声とともに、少女は凄まじい勢いのハイキックをレプトの顔面に放つ。しかし、レプトの体が先ほどのように吹っ飛ぶことはなかった。それは彼女の蹴りが、レプトの顔の数センチほど手前のごく近い位置で寸止めされたからだ。だが、その寸止めは実際の威力を出すことはなくとも、レプトの守ろうとしていたものを剥がす。

 少女の蹴りの風圧が、レプトのフードを押し上げ、後ろに追いやったのだ。もともと人体を数メートル吹っ飛ばす拳を放つような人物の蹴りだ。普通の人間が同じことをしても布を意図的に動かすようなことはできないだろうが、少女の力はそれを可能にした。

 レプトの顔が少女の好奇心により、フードの保護を外れて晒される。突然の少女の行動にレプトとジンは動けないままだった。それをいいことに、彼女は蹴りで振り上げた足をゆっくりと地面に戻し、レプトの方へと好奇心のこもった目を向けた。


「さて、一体どんな顔、で……」


 念願のレプトの顔を目にした彼女だったが、一瞬にして自分の心のままに軽率な行動をとったことを後悔する。少女は自分の目を疑って何度も瞬きをしたが、目の前の光景は変わらない。

 レプトの顔は人のものではなかった。

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