第5話

授業が始まるまでの数分間、漢字テストのことを考えた。

満点を取れなかったという事実が、茨の茎となり、僕の心に絡み付く。

茎は僕の心をアナコンダのように容赦なく締め付け、無数の棘が食い込む。

鼓動が速まり、呼吸が浅くなる。

授業が始まっていたが、どうでもいい。

頭の中で僕の声がした。


「死んじゃえばいい。」


あぁ、そうか。

死ねばいい。

死んでしまえば辛いことから逃げ出せる。

これ以上失敗することがない。

僕にとって命はその程度の重さだ。

僕は死に方を考えた。

最期は美しく死にたい。

思い付く限りの死に方をノートの書き並べた。

死後の姿や手軽さ、損害等も考えた。

僕の目は教室の誰よりも輝いていたと思う。

ガタガタと椅子が床を引きずる音がした。

今日の授業が終わった。

僕は急いで机を片付け、教室から出た。

帰りは追い風のおかげでいつもより幾分か楽に帰れた。


「ただいま。」

僕は風呂に入り、リビングに行った。

夕飯を食べながらテレビを見る。

今日はニュースだった。

総理大臣がまた馬鹿な政策を実行すると言い出した。


「この政党に投票するからこの国はダメになるんだ。」


母親は何も言わなかった。

ただ、不満そうな顔を僕に向けていた。

馬鹿な政治家を選んだ責任を取りましょう。

僕の好きな言葉だ。

馬鹿を選んだくせして馬鹿な政策を実行すると言うと、こぞって文句を言う。

そしてまた同じ馬鹿を選び、繰り返す。

馬鹿は自分が得をしないことに気づかないのだろう。

僕は食器を片付け、炭酸飲料をコップ一杯分飲み、リビングを出た。

歯磨きをして、自室に籠る。

久しぶりにゲームをした。

マイナーなゲームだが、面白い。

僕はいい気分に浸りながら床についた。


翌朝はとても目覚めがよかった。

僕は機嫌良く学校へ向かった。

いつもと同じように授業を受けた。

昼食は昨日の女子生徒と一緒に食べた。

教室に戻ると文化祭の話がたくさん飛び交っていた。

今日は一週間の中で最も早く帰宅できる日だ。

午後の授業はホームルームだけ。

どうやら今日の議題は文化祭の出し物についてらしい。

担任が入って来て、クラス委員が教壇に立つ。


「今日は文化祭の出し物を決めます。案がある人は挙手してください。」


続々と手が上がり、黒板に書かれていく。

メイド喫茶やお化け屋敷、射的など定番からマイナーなものまでたくさん出た。

はしゃぐクラスメイトを見て子どもだなぁと思った。

多数決により射的に決まった。

正直どれでもよかった。

射的台は三台で、一台に対し客一人ということになった。

次にシフトと役割を決めることになった。


「一時間に一回、交代制で十人。内訳は受付、射的台、景品を二人ずつ担当するというのでどうでしょう?」


それを聞いた瞬間なんて馬鹿なんだろう、と思った。

一般的には馬鹿ではないのだろう。

この高校の偏差値は60だ。

僕は手を上げた。

ガヤガヤしていた教室は一瞬で静まり、僕の名前が呼ばれた。

僕は立ち上がってゆっくり話した。


「六人が適当だと思います。受付はあらかじめ弾のセットを作ることで、一人でも二人でも大差ありません。射的台は一台につき客が一人ですから、スタッフは一人で十分です。景品は混雑を避けるため二人で。この方が効率的で平等です。全員が同じ回数シフトに入ります。」


馬鹿じゃないの?、何あいつ、何言ってるの?

そんな声ばかりが聞こえてきた。

担任にも聞こえていただろう。

担任は黙ったままだった。

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