Ep.30 広がる未来
「厳粛な審査の結果、ポイントが高かったのは……」
理亜がCDを少しだけ流す。「じゃかじゃかじゃかじゃか」という、そんなもの聞かせるより早く結果が知りたいと思わせるような効果音が鳴り響く。
その音が止んだ瞬間、僕が口を開く。
「白組の勝利です! おめでとうございます!」
僕の放送を優に超える拍手と歓声が湧き上がっていく。「わぁああああああああ!」と叫びまくる男子生徒や友達と両手を繋ぎ合い、はしゃぎ合う女子生徒もいる。
グラウンドに並んでいるナノカも他の女子と共にハイタッチを繰り返している。
城井さんも和陽も「よっしゃああ!」と無邪気に、それはもう純粋に腕を振って、手のひらをぶつけ合っていた。
ただ、あるのは笑顔だけではない。紅組の中には顔を伏せたままの人達もいる。今まで頑張ったものが負けという結果で終わってしまって、悔しさ溢れる人達もいるだろう。
勝利の甘い味には必ず敗北の苦渋を噛みしめる人達が出てきてしまう。
それすらも楽しめばいい。なんて言える程、僕達は人ができていない。ただただ今は悲しさや悔しさに耐えて、明日を迎えるしかないのだ。
ふとナノカの苦い顔も思い出した。
『負けちゃった……ね』
中学生の頃の記憶。あの時、僕はなんて言ってたっけ、か。
『でも次があるじゃん。次の体育祭は絶対やり返してみようぜ』
思い出してみると、格好つけすぎな気がする。あの時の僕は何故、歯の浮くようなセリフを言えてしまったのだろうか。何だか風が吹いて感じる心地よさと同時に恥ずかしさも覚えていた。
悶えていたのか、あまりこの後の校長の長い話も全く覚えていない。分かったことは生徒達が欠伸していることから、結構長く喋っていたんだろうな、とのこと位だ。
最後に僕が「これで閉会式を終わります」との言葉で生徒達は一斉に散り散りになる。
この体育着の姿で記念撮影をするとのことだろう。僕も11HRに一回顔を出さなければ。放送室を出ようとした僕に声を掛ける。
「情真、このまま帰るつもりか?」
「えっ、ああ……」
「片付けもせず? CDとかもこのままにして?」
「あっ、いや……そういう意味じゃなくて」
完全に忘れていた。それが理亜にバレると、強く責められるだろう。だから敢えてとぼけてみせようとしたのだが。理亜の睨みは止まらない。
「ふぅん……? いいんだぞ? このCDを使って、新たな事件起こしても」
最悪なことに彼女は告白爆弾を取り出して、僕を脅してきたのだ。
「ず、ズルいぞ! それは!」
「えっ!? あっ、うわぁ!」
早く取り返そうとして躍起になろうとする僕に彼女は素直に「はい」と渡してくれた。あんまりすんなりすぎるので、渡された後に一回バランスを崩して後ろに転んでしまった。
「何故、転ぶ? 大丈夫か」
「いてて……だ、大丈夫大丈夫……いいのか?」
「んなこと話してたら時間が無くなる。それより、だ。片付けよりも大切なものがある」
「な、何々?」
「帰りに菰原先輩と話してみてくれ」
何かあるのだろうか。
「何で」と聞こうとした時には理亜はもう走って行ってしまった。野木先輩にも挨拶しろとの話なら分かるが。何故、菰原先輩だけなのか。
疑問符が頭に浮かぶ中で記念写真を取りに行く僕。端っこだったから見切れているかもしれない。だとしても、僕の不思議そうな顔は写真を見た人にしっかり伝わることだろう。
担任の「じゃあ、各自気を付けて帰るように……特に情真くん」との言葉とクラスの集中的な視線を受けてから、その場を後にする。
「菰原先輩!」
クラスごとの帰りの挨拶が終わったグラウンド。後は仲間と共に今回の思い出を語るために残っている人達が散見される。城井さんなんかはこの後に陸上の練習があるようでニーッとピースをこちらに見せてきた。
「露雪! 今日は色々ありがとね」
「あっ、ノートの件だけど」
「よく分からない女の先輩に色々言われちゃった……よく分かんないんだけど、その黒幕って人が凄い格好つけようとしてたってことなんだね……」
「そうなんだよね。伝わってくれて良かった」
万事解決のよう。
彼女の先輩である佳苗先輩が金髪を振り乱し、声を掛けてきていた。
「成美ー! こっちに来なさい! そんなズレた靴じゃ走りづらいでしょ! 何でこんな! 走りは良くても足は大事! 新しい靴が来るまで貸してあげますから……あっ、絶対あの男には渡さないでよ! ほら、あのアイツ! アイツ、ワタクシの靴を絶対狙ってるんですわー!」
三枝先輩とのごたごたがまた始まろうとしているが。まぁ、これはある意味風物詩なのかもしれない。
城井さんが去った後で僕はまた菰原先輩を探し始める。閉会式が終わった後に城井さんを説得してくれたようだから、まだ近くにはいると思う。きょろきょろ首を回していると、姿が見えた。星上先輩と一緒にいる菰原先輩の姿が。
「あれ、星上先輩も……」
何か少しシリアスな雰囲気になっている。何故だろうか。彼女は僕を見つけた途端、真剣な顔になる。
「あっ、ご、ごめんなさい……!」
「えっ、何で!?」
「菰原先輩による僕への説教かなぁって思って」
「違うわよ。ずっとずっとあたしが考えてたことを言いたくて」
「考えていた、こと?」
彼女が何故、星上先輩の作戦に乗っていたのか。それが分かる一言が放たれた。
「合唱部に行かない?」
「えっ、何で……?」
何故、そんなことを言うのか。
しかし僕を拒絶しているということではないらしい。そもそも僕がいなくなったら、理亜が困るだろうし。
「だって露雪くん見てるとね……」
彼女はどうやら合唱部と僕を繋ぐために星上先輩の作戦に乗っていたらしい。
「見てると……僕が何ですか?」
「後悔って訳とかじゃないと思う。放送部でも色々楽しんでるでしょうし。でも、それとは違うの。なんて言うんだろ? もっと広い分野で活躍できるのに一つだけに縮こまっていることに不満を持ってるのかな? もし露雪くんが白紙の原稿用紙を持ってたとしたら、書けるんだけどまだまだ書けそうな気がするの。もっともっと未来が広げられそうな気がするの」
僕の、未来が広がる、か?
僕が衝撃的な言葉を喰らって呆然としている間に彼女は続けていく。
「理亜ちゃんはどうやらあたしの考えてること、分かってたみたいね。聞いてきたのよね。『情真を合唱部の人達と交流をさせるのには何か意味があるんですか』って。今回の証言者の中に結構合唱部の面々がいたからね……それでピンと思っていたみたい』」
たくさんの人と出会って、僕の未来を切り開く。
今、僕はこの道を選ぶべきか。どうなのか。
「ぼ、僕は……僕は……」
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