Ep.31 悔し涙か(終)
選択によって未来が変わる。今の僕には重すぎるもので、頭に浮かぶ言葉が何度も消えていく。言おうとしても、勇気が出なくて声が小さくなっていく。
二人に見守られているのは分かる。温かく迎えてくれることも完全に理解している。
その上で菰原先輩も言ってくれた。
「別に放送部を辞めるってことはないわよ。兼部って道もあるんだから。兼部で手伝いに行くって形のものだってとれるのよ。何も歌うだけじゃないんだから。ねぇ」
「まぁ、歌ってもらう人数も欲しいんだけど。舞台もやるからさ、大道具を作ってくれる人も欲しいんだよ……で、君はいろんな人と触れ合えるチャンスがある。当然、歌いたくなったら練習して歌ってもらえればいい。君の声は放送のことでお墨付きだからさ……みんな、納得してくれると思う」
何度も大丈夫だと伝わるようなことを話してもらっているが。僕が今更のこのこ登場して問題ないのか不安が湧き上がってくる。
それでも耐えるのが正解なのだろう。
甘い誘いには乗らない方が良いとも言うのだけれども。
今あるのは厳しい道への誘いかもしれないのだ。本当に良いものなのか。
ナノカだったら、どう言ってくれるか。
「……ナノカはいいって言ってくれるのかな?」
そこに一言のツッコミが入る。
「本当にナノカのことしか頭がないのか?」
理亜だ。近くで理亜が僕の話を聞いていた。
「いや、だって。だって……本当に僕がいいのかって思って……」
彼女は僕の口を手で塞ごうとしてきた。
「それ以上、あれこれ言うのはやめろ。放送部に入ったのが、他では認めてくれる人がいないからってなるだろ」
理亜のそばにいる野木先輩が顔を下に向けている。
「あっ、そういう訳じゃ……」
なんて言おうとしたら、野木先輩はすぐに笑ってみせる。
「いやいや、分かってるって。妥協で選んじゃいないってことも覚えてるよ。大切な後輩なんだからな」
この人の方が舞台などに向いているのでは、と一瞬思ってしまう程までにドギマギしていた。「驚かせるんじゃないよー」と言いたかったところではあるが、あまりの安堵に声も出すことができなかった。
その合間に理亜が語る。
「分かったな。あれこれ考えるよりも、今は信じた道を進むんだな。今なら間違っても、問題ないだろうから」
間違っても問題ない。
犯罪を起こさなければ、問題ないとのことか。いつでもやり直しができる。誰かが助けてくれようとする。今の僕は守られている、幸せ者だ。ならば少し手を伸ばしてもきっと、どうにかなるのだろう。
「ぼ、僕は……」
その刹那だった。
——ねぇ、さっきトイレで泣いてる子いなかった?
——ポニーテールの子でしょ? あれ、白組だよね? 負けたこっちが泣きたいってのに、何が……。
——嘘? あの子、泣くような子には見えないけど……。
嫌な言葉が微かに聞こえてきた。
僕が唯一思い付くポニーテールの少女がいる。今はグラウンドにその姿は見えない。
会話に気付いたのは僕だけか。皆、おろおろする僕のことを気に掛けているだけ。それも「まだ迷っているのか?」と合唱部に入るかどうかで悩んでいるように捉えられたらしい。
僕は違うと伝えるため、「ちょっと待っててください!」と動き出す。
トイレの方にいるのか。何故、泣いているのか。
違う人であってほしいけれども。この嫌なことがある時に感じる胸の騒めきが言っている。自分が恋焦がれているあの人が泣いているのだ、と。
「ナノカ……何が……」
その言葉に反応したものがいた。
「何よ……どうしたの?」
目の前にいるのはナノカだった。
「えっ、あっ、いや……ナノカ?」
顔は泣きはらしたものなのか。全く分からない。汗でびっしょり。しかしよくよく見ると、顔にほんのり力がないような。泣いたばかりの顔と言っても変ではない。
聞くべきか。
何故泣いていたのか。
と言っても、今彼女に泣いていたのか、どうしてなのかと尋ねるようなデリカシーのなさを持ち合わせている訳でもない。
だから今できることは一つ。泣いたことを忘れさせるような、楽しいことを考えれば良い。
「放送部の先輩とラーメンでも食べに行こうと思うんだけど、どうする?」
そんな約束は少しもしていないのだけれども。問題はないだろう。野木先輩も菰原先輩も理亜もラーメンが好きそうな顔しているし。
「ええ、打ち上げするの!? じゃあ、ワタシも行く行く!」
これで断られたらどうしようと思っていたが。やはりご飯を食べるのが大好きなナノカだ。この誘いを否定する訳はなかったのだ。
どうやら泣いていた理由は困っていたことではないかも。本当はナノカは泣いていない可能性もある。泣いていたとしても、それは嬉し涙だったと考えられる。
「じゃあ、みんなの元に行こうか」
今度は皆にどう伝えるべきか考えよう。理亜なんて「私は今日はカレーの気分なんだが」と言ってくることが予想される。どう対抗しようかと何度も考えている。
その中で後ろからついてくるナノカが何かを言おうとしていた。
「あのさ、情真くん」
「何?」
彼女が後ろで手を組んでふわふわ動きながら。上機嫌な感じでこちらに語ってくる。
「何かいいことあったの? 何かニヤニヤしてて気持ち悪いから」
「ひどっ!?」
「まぁ、こんな時はそんな腑抜けた顔でも許してあげるわ」
「許されなくてもいいけどさ……僕、ちょっと考えたんだ……昨日、ナノカが言ったこと」
本当は星上先輩達によって考えられさせられたのだけれども。
「何々?」
「僕が合唱部にちょっと入ってみようかな……って? 僕でいいのかな? 僕に何かできるのかな? って分かんないけど、ちょっとだけ挑戦してみたいって気持ちがあるから」
「ワタシはその邪魔をしたくないから。感情論で否定はしないわよ。好きにすればいいんじゃない?」
感情論で肯定してほしい。
その急に遠回しな言い方は何なのか。不可思議に思う僕に彼女は再び、喋っていく。
「ほらほら急いで急いで、ボッとしてると置いてっちゃうわよ! 情真くんの分まで食べちゃうわよ! それで太ったら、アンタのせいね!」
「予約してる訳じゃないから僕の分出ないよ!? ただ食べるだけの口実じゃない!? それっ!? そして、それ僕の責任になるの!?」
「なるなる!」
泣いた後にも晴れ間は渡る。
昨日の雨、本日の晴天が示してくれていた。
最初はやる気のなかった僕もいつの間にか燃えていた。ナノカみたいな陽の光に照らされて。
だからかな。少しだけ思うんだ。誰かの太陽になれていたら、嬉しいなって。
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