Ep.28 最後の大ピンチ
目の前にいる星上先輩はただただ、両腕を揺らして立っているばかり。
「どうかしましたか? まぁ、聞き込みをする人間の中に自身を入れていなかったら、僕は星上先輩を犯人だとは気付かなかったでしょうが……難しいことではありますよね。窓ガラスの件を聞いても教えてくれるとは限らないんですから……全員に仕込むことも可能かもでしょうが、そんなことしたらもしかしたら話が城井さんまで届いて用心されてしまうかもしれませんし」
「……本気でそう言っているのかい?」
自信を揺るがすような重い声。それに負けてしまっては、今までの推理が無駄になる。
ナノカや理亜に面目が立たない。僕をここに立たせてくれた彼女達の思いを背負って、胸を張った。
「言ってますっ! 何度も言います! 星上先輩! 貴方がゲームマスターです!」
「でも、本当に自分だけかい? 今日はほとんど体育委員と話していないのに。どうやって報酬を出せたと言うんだ?」
彼は自身のアリバイを主張しているみたいだ。不在証明。自分ができる立ち位置にいないと言っているが。残念ながら、今の僕には通用しない。
「そりゃあ、当たり前ですよ。違う人が協力すればいい。別に今回の事件に関しては人を陥れたりするようなものじゃない。むしろ城井さんの人助けに加えて、僕に喝を入れる目的があるんだ。話せば頷いてくれる人がいると思いますよ。ナノカも少しは似たような指示を受けたのでしょうが」
「共犯者がいるとでも?」
「ええ。ノートを入れた金庫を設置したのも、借り物競争で報酬を作ったのも共犯者の仕業なんでしょうね。その共犯者は……」
何かが動いた音がした。近くの茂みに何者かの気配。緊張走る一瞬。もしかして、すぐそこにいるのではないだろうか。
どうやって出てくるかは容易く想像できる。
予想を外したら、恥ずかしいところだ。
ただ間違いはない。
「出てきたらどうですか? 菰原先輩!」
後ろを振り向いて、ザザッと茂みから顔を上げてきた彼女の顔を見た。彼女はベロを出して、「えへっ、バレちゃったみたいだね」と。星上先輩は何だか不満そうな反応。どうやら共犯者が白状するとは思わなかったらしい。
今度は彼女からの質問が飛んできた。
「しっかし、何で分かったの? 今の足音?」
「そこまで聞き分けられる程、凄くないですよ」
「でも、前、廊下の足音と微かな悲鳴で、『あっ、ナノカのスカートがめくれ上がったんだ』とか言ってなかった?」
「今、言う話じゃないでしょう! ってか、そうじゃなくって!」
星上先輩は「何だ、こいつ」と若干引いているような態度で左腕を自身の胸元に近づけていた。それを気にしないことにして、質問の答えを出してみせた。
「一つ目は金庫を持っていった際に先輩見られてたみたいで……特徴を何個か言ってたんで」
「でも、結構いる顔でしょ」
「二つ目はボーナスタイムですよ」
「ボーナスタイム……? 何が……?」
彼女は全く分からないようで腕を組んで、首を傾げている。
ボーナスタイムの意味はたぶん、最初に理亜も気付いていたのだろう。僕が「ボーナスタイム」と告げた瞬間、彼女は何か悟っていたような口ぶりをしていた記憶がある。僕が暴くべき謎だと考えたのか、単に言う必要もないと考えたのか、何も言わなかったが。
何も分からないようだから、教えてあげよう。
「だってボーナスタイムって普通よりもいい報酬が手に入るとか、情報が手に入るってことですよね。ゲームで言っても」
「そうだけど……?」
「何故、人の名前が羅列されているだけで自分が他の人達よりもいい報酬を持っているなんて言えたんですか?」
「あっ、そっか……! ボーナスタイムって完全に黒幕側の視点だったわ!」
自身のミスが発覚したことに対し、「あははははは!」と豪快に笑っている。それは何よりも爽やかで、滑稽で、星上先輩の顔にあった不満も吹っ飛んでいた。
「先輩、そこはもっとちゃんと隠しときましょーよー」
「ごめんごめん、まぁまぁまぁ、星上くんの目的は全部達成できたみたいだし、いいじゃんいいじゃん!」
「そうだけど……ううん……」
いや、一応は目的は達成できていない。と言うより、犯人の正体を暴いてからが問題だ。
「星上先輩だけに格好いい真似はさせませんよ」
「何のこと?」
「いや、この人、ちょっとですね」
どうやら城井さんとトラブったことは菰原先輩に伝わっていないようで。事のあり様を赤裸々に話していく。それはもう隠されたものを素っ裸にする勢いで。
星上先輩も自分の覚悟を全部明るみに出されたことが恥ずかしかったのか、似合わない程に顔が真っ赤になっていた。
それを菰原先輩がいじる。
「なるほど、責任は全部自分が取るって感じでやったのね。責任なんてねー。合唱部で精一杯だろうに、頑張っちゃって。そんなのこっちに頼ってくれてもいいのに。じゃあ、もう一回後で言ってみてよ。写真撮って残しておくからさ!」
「や、やめてくれー! いやいや、だってですよ。本当、これは自分の責任なんですしー!」
今の会話で菰原先輩も何とかしてくれると口にした。
何とか、だ。本当は僕がゲームマスターと一緒に何とかしようとしても本当にトラブルを解決できる気はしなかったが。頼りになる彼女まで一緒ならば、きっと何とかなる。
落ち着いたところで今の一番となっている厄介な問題を思い返した。
「あっ、で、そうだ! 爆弾です!」
言われた星上先輩は最初はボケッとしているものの、すぐに思い返していた。
「……ああ! あれか! あの音声! ついてきて!」
何処に行かされるのか。僕は星上先輩の後を走り出す。気付けば理亜と野木先輩がいる放送室のすぐ横を通っていた。
近くにある医務室にまで到達する。
急に走り出すことを命じられた僕は肩で息をしつつ、辺りを見回していく。
「ど、何処にあるんですか?」
その隅にあるバッグの中を探り、彼は何も描かれていないCDのパッケージを取り出した。中に真っ白なCDが入っている。この中に今まで問題となっていた音声が入っているのだ。
「こんなところに」
「めっちゃ近いところにあったんですか……!」
「早く処分しましょう!」
「まぁ、慌てずに」
彼は悠長にCDのパッケージを宙に投げてはキャッチしてを繰り返す。その調子で医務室から出て、放送室の横を通る。
「じゃあ、これはどうするか?」
「踏んづけて壊しましょう! 早く! 散り散りに!」
その言葉のせいだった。
「こらっ! CDに何てことしようとしてるの!? 気に入らない曲が入ってたからって、借りてきたCDにそんな扱いをしちゃダメでしょっ!」
この聞き覚えのある迫力。ああ、ナノカだ。僕は驚いただけで済んだのだが。星上先輩の手元が狂った。狂ったあまり、宙に舞ったCDのパッケージ。
不幸なことにそれがCDの山の中に突っ込んでいく。
「あっ」
崩れるCDの山に理亜が一言。
「あっ」
そのCDを受け止める野木先輩が一言。
「あっ」
ナノカが僕の顔を見て一言。
今のが一言と説明して良かったのか分からないが。
ナノカはどうやら誤解をしていたらしい。
「あれ、そのCDって借りてきたものとかじゃなくって、本当にどうでもいいものだったの?」
「う、うん……」
まさかナノカへの告白が入っているCDとは言えない。
しかし、伝わること不可避の大問題。なんたってそのCDの山は真っ白なパッケージのもの。中の音声を確かめるためであれば、中身を聞かなければならない。
理亜が制限時間もあることを口にする。
「ああ……これ、最後のリレーで流さないといけなかった応援メッセージ集だ。もう機械の中に入れとかないといけないんだが……どれ入れりゃあ、いいんだ?」
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