Ep.26 最高の借り物競争
障害物競争が終わるまで待ちながら考える。
自分に出された報酬である、好きな人のこと。借り物競争の中で間違いなくインチキが行われている訳だが。それを指示できる立場にいられるのは誰か。
内通者がいる。
その人物が誰かがあまり分からない。犯人はあの人になるかと思うのだけれども。見たところ、全く動こうとしていない。ただただ応援しているだけ。
もう既に黒幕から内通者に連絡がいっているのだろうか。
「さて露雪くんにとってはボーナスタイムの始まりだね!」
準備をしている城井さんが放った一言。僕の頭で雷鳴が鳴り響いた。
「あっ……」
「そんなに楽しみ? 変なにやけ面しちゃって!」
気付けば、芝生の方で紙がバラまかれている。指令に出されている一番右の紙はかなり遠いところに置かれているため、普通は他の人が取らないようになっているのだろう。
自分がズルに加担しているとの事実で少しだけ罪悪感も襲ってくる。
見ながら思う。
やっぱ止めた。僕はゲームマスターの言うことを信じない。
ナノカが頑張ろうとしているのに僕だけズルなんてしていられるか、と思ったのだ。好きな人は自分の力で告白したい。
手伝ってくれるつもりの城井さんにはおおいに頑張ってもらうと思うのだ。
もうすぐ始まる借り物競争のため、一年の僕等は芝生の上に立っていた。芝生の奥まで借り物を持っていけばクリアだ。
「ほらほら、シャキッとしなさいよ!」
「ナノカ!」
隣でナノカが伸びをしている。僕の元気の源が、ここまで晴れ晴れとした顔をしているなんて。ボーナスタイムなどなくても、僕は幸運なのかもしれない。
僕からしたら体育祭最後の競技が始まろうとしている。
ほんの少し長かった一日も終わりを予告し始めている。
「ここで勝たないとね! さっきの障害物、結構紅組にやられちゃったし」
「だね。絶対絶対勝つよ」
「朝の情真くんとは全然違うね」
「あったりまえだよ!」
「心配しちゃって損しちゃったかも、ね」
「そ、損って……」
「ふふっ、損する位がちょうどいいのかも!」
男女混合の競技だ。
ナノカが隣でクラウチングスタートの状態を取っている。彼女は本気だ。同じ仲間だけれども、彼女にいい格好を見せるためには全力で挑むだけ。
至ってシンプルなことではないか。
風にさらさらと揺れていく栗色のポニーテールに見とれつつ、開始の時間を待つ。
第一走者である僕達の勝負が始まる。理亜の解説が辺りに鳴り響く。
『さてさて借り物競争が始まります。生徒は位置についてください。ルールは簡単。拾った紙に書かれたものをゴールにいる体育委員に渡して、認めてもらえれば勝利です!』
言い終わったところで空砲が鳴り響く。
僕達が走る。ナノカが手足を刃物のように俊敏に動かして、前に駆け出していく。僕ですら追いつけない素早さで前へ前へと進んでいく。そして一番右のものを取っていく。
これにはたぶん、ゲームマスターも驚きであろう。なんたって誰も面倒がってとらないと思っているのだろうから。
と言っても、だからこそ考えたナノカのちゃっかりな作戦でもあるだろう。遠い方がきっと簡単なお題になっているのだか、なんとかと。
取られてしまったものは仕方ない。ゲームマスターを裏切ることにもならなくて、少し安心した。いや、違う。僕の心臓が騒めいている。もしも彼女のお題が好きな人だったとしたら。
誰を連れていくのだろうか、と。
いや、きっと仲の良い女子をゴールに連れていくに違いない。そう思いながら一番左のものを取っていた。
書かれていたのは「好きな人」だった。
「えっ……?」
もしかして見る方向を間違えた、か。ゲームマスターが一番右と言ったのは「ゴールから見て右」であったが、内通者は間違って「自分から見て右」に置いたのか。
それともたまたま二つ存在していたのか。
ナノカは何がと思いきや、いきなりこちらに走ってきた。
「情真くん!」
「えっ? はっ? 何で!?」
爽やかな顔が近づいている。一秒ごとにこちらの心臓が破裂しそうになって、今にも天に昇ってしまいそうになる。まさか「好きな人」として僕を借りていこうとしているのか。
頭が混乱する。あまりにも幸運な機会に恵まれているのではないか。
そう思ったところ、彼女は紙を見せてきた。
「ほら、この……って、あれ、汗で滲んじゃった」
「な、なんて書いてあったの?」
「きっと体育委員の人なら分かると思うけど……」
なんて書いてあったのだろう。まず、現時点で好きな人はない。彼女はそういうの、照れて隠す方だと直感的に知っている。だからこそ、なんて書いてあったのかが分からない。
だから僕は自分の紙をぐしゃっとしてしまった。同じことを言っても気付かれないだろうか。
「な、ナノカ……僕も……」
そんなことを言っている間に城井さんが手招きしている。そうだ。今はレース中、喋っている暇はない。
二人一気にゴールしてしまおう。
そう思うも、やはり急に不安になってしまった。本当にこのままでいいのか。このままナノカに走って告白してしまおうか。いや、結局、今やっていることはズルの延長線上なのかもしれない。真偽は結局分からないのだ。だからといって雰囲気的にも一回取ったものを戻すこともできない。
ズルい僕はちゃんとナノカに好きと伝えられる資格なんかない。
今日は残念ながらお預けだ。
また僕がゲームマスターの謎を解いてから、きっちりと告白しよう。
だから僕は城井さんを呼んだ。
「城井さん!」
「おっ! お目当てのものが来たかなって、あれ? ボク、いらないんじゃ?」
「まぁまぁまぁ……!」
城井さんが僕の様子を見て、ははぁんと思ってくれたのか。僕の恥ずかしいと思うところを察してくれたのか。彼女が僕の腕をガシッと掴んでくれた。僕とナノカは手を繋いでいなかったのだが。城井さんがおぜん立てをしてくれた。
「手を繋いどかないと! 離しちゃったら失格になっちゃうよ! その手、ちゃんと握ってて!」
ナノカが僕の手をぎゅっと握っていた。
冷たく優しいその手が、僕を天国へと連れて行ってくれそうだ。なんてところでナノカに真剣な眼を向けられてハッと気付く。今行くのは天国じゃない。ゴールだ。
僕達は二人、ゴールした。
そこで驚いたのはナノカの紙を見ようとしていたこと。体育委員の女性が中のものを読み上げる仕組みになっていたのだ。ナノカの紙を口にしようとしていた。
「ええと、擦れて読みにくいけど……『中学時代の同級生』ね!」
なるほど、だ。
確かに中学からいた自分なら当てはまる。好きな人じゃなくて良かったような。少し残念なような。と納得している場合ではなかった。体育委員がニヤリとしている。
好きな人、と読まれたら厄介だ。
僕は慌てて手を出し、ジェスチャーで「やめてくれー!」と伝えていく。城井さんは完全に「へっ」とでも言わんばかりの笑顔から察していることが見て分かる。それに対し、ナノカの方はただただ不自然に思ったよう。
「何してんの? 中学の体育祭じゃないから踊りはないわよ? 組体操とかもないし……」
体育委員の女性は「ふっ」と鼻で笑うような感じ。先程から僕は笑われてしかいないことに衝撃を受けつつ、照れに耐えていた。
きっと彼女はそんな僕を労わってくれたのだ。
「なるほど……こっちもくしゃくしゃになってるけど『一番安心できる人』か!」
その発言にじっとナノカが見つめてくる。何が言いたいのか。変なことを言わないでくれと切に願うばかりだ。「好きな人」と書いてあったのを見抜かれてはいないと思うのだが。
ズルに加担してしまった以上、全てを知っていたナノカから拳が飛んでくる可能性も否定しきれない。
「情真くん……」
「はっ、はい……? な、何でしょう?」
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