Ep.25 障害物を乗り越えて

「あれ……確かあの人……!」


 僕が呆然として突っ立っていた。さながら考え事をしていたのだが。観客、ナノカからはボーッとして気が抜けているように見えたらしい。視界の端から声が飛んできた。


「おーい! ボーッとして、スタート出遅れたとかあったら、許さないからね!」

「き、気を付けるよ……うう、大丈夫かな」


 かといって、スタートを正常にしたとしても勝てるかどうかは分からないけれども。

 ナノカのおかげで更に頑張れる気がした。彼女が応援しているから、期待しているから頑張れる。


「ほんとに大丈夫? ふざけちゃダメよ」

「分かってる」

「もしみんなに納得いかないような結果だったら、段ボールに詰めて北海道まで配送するからね」

「わ、分かってるから! 大丈夫だから!」


 納得のいく結果、か。

 出せるかな、と思ったところで空砲の音が辺りに響き渡った。僕の前にいた第一走者が走り出したのだ。ビクッとした僕の横でナノカは榎田さんを含めて他の女子も連れて、声援を送ってくれている。


「走れー!」

「頑張れー!」

「悔いは残すなよー!」

「全力で暴れちゃえ!」


 風のように走った第一走者のゴールが決まった。それと同時に心臓がバクバクとなり始める。抑え込むより、今は慣れてしまうことが大事だ。

 平穏を装い、前に足を出す。

 見よう見まねのクラウチングスタート。前に手を付け、足を後ろに。勢いよく地面を蹴ると意識した。

 空砲が鳴る。

 一斉にスタート、だ。

 最初の障害は麻袋。その中に素早く足を入れて、ぴょんぴょんぴょんと。だいぶ間抜けな形にも見えるが、真剣に挑まなければナノカ達に怒られてしまう。途中、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。他の人が倒れたのを見て、自分もと思ったが前へ前へを意識した。転びそうになりながらも距離を稼ぐ。

 それを一心に進んだため、麻袋レースの終着点にて転ぶこととなる。転んだ勢いと同時に足が麻袋から抜けた。ある意味、他の人達よりも有利な状況となっただろう。

 次の網の中を潜り抜けるレースでは、体のあちこちに網が引っ掛かりそうになる。とても窮屈ではあるけれども、手を動かしていく。足よりも手で自分の体を把握する。

 それと同時に戦場を妄想する。今は戦場の中にいる兵士。敵に気付かれたら、撃たれる。そんな意識をしているおかげか、足の痛みすらも完全に気にならなくなっていた。

 網から抜けだした後の平均台。バランスを崩して落ちたらやり直し。僕の前を走っていた一人が風に揺らされ、落ちていた。僕も気を付けないとと、ゆっくり歩いていく。そろりそろりと落ち着いて。バランス力が良い訳ではないから、落ちるかも。しかし、これも想像の力で解決だ。

 下は溶岩。落ちたら死ぬ。

 そんな小学生が子供の頃、道端の縁石や白線などでやってそうな想像で進んでいく。最近も和陽達とたまにふざけてやっていることだからか、結構慣れていた。


「よし……!」


 残るは目の前にぶら下がっているパンを取ること。

 問題は手ではない。口だ。取れるかどうか分からないけれども、地面を蹴った。

 一発目で成功しなかった。逆に隣を走っていた赤組の生徒が鮮やかにパンをくわえていく。衝撃を受けたが、今は困っている場合ではない。こんな衝撃、ナノカの説教に比べればマシだ。

 何とかもう一度挑戦する。再び足が痛くなってきそうな状態だけれども。目の前のパンに向かって一心不乱に飛びついた。取ろうとすればするほど、揺れて動けない。

 ここまで来たのだから、真剣に。

 何とか、だ。

 パンをくわえて、ゴールに辿り着いた僕には四位の旗が待っていた。


「お疲れ様」


 三年生らしき体育委員の人に連れられ、四位の列に立たされる僕。

 残念ながらパン食い競争で三人に抜かされてしまっていたらしい。何だか微妙な結果だ。ある意味、六位よりも納得できない状況になるのだろうか。

 北海道に郵送されたとしたら、夕張メロンとか食べられるかな。キャラメルとかも美味しそうだ。海の幸も有名だと親から聞いたこともあるから、意外と良い生活ができるかもしれない。

 冬の時期は厳しいだろうが。

 なんて妄想を更にしていたところ、ナノカが後ろの方からサインを送ってきた。グーサインで親指が上に向いている。一気にひっくり返すのかな、と捻くれた予測をしてみたが、そんなことが起こる訳もなく。

 彼女は笑顔で、無言で僕の四位を祝ってくれる結果となった。

 何が結果論なのか。何が納得なのか。全く分からない。

 納得できないことが増えていく。

 納得できないこと、これ以外にもあったような。ふとレースが終わるのを待つ間に考えていた。


「……あれ、あの人……!?」


 どう考えても、あの人の言葉に納得できていない。

 あの時は時間の問題で追及できていなかったが。もし、本当ならば黒幕の正体が明らかになる。

 体育祭ゲームをそろそろ終わりにできる。

 次に始まる借り物競争、そしてクライマックスのリレー。最終決戦がそろそろ近づいてくる。先程よりも肥大したかのような心臓がどでかい音を奏でている。緊張が酷くなる始末。

 借り物競争こそは何とか格好良い結果を残せるようにしたいとの感情も混ざっている。


「……露雪」


 なんて僕が悩んでいるところに救世主が現れた。にやっとしている小麦肌の少女、城井さんは五位の旗をひらひら持ちながら、僕に囁きかけてきた。


「さっきの恩返しの話だけどさ……もし、借り物競争で好きな人ってのが出たら、ボクを連れてきなよ。ボクはゴールの方にいるからさっ! 一発で勝てるね」

「それ、反則じゃないのか……?」

「いやぁ、たまたま好きな人がゴールの前にいたんだから仕方ないんじゃないかなぁ……君か、ナノカがゴールしてくれれば一位になるんだし!」


 その声と同時に持っていたイヤホンからボソッと声が聞こえた気がした。『一番右』と。

 どうやら城井さんも黒幕も、どちらも僕へのご褒美を決めていたらしい。

 城井さんは僕に勝たせる方法を。

 黒幕は僕がナノカに告白するきっかけを。

 と言っても、このまま城井さんを好きな人として連れていくのには問題がある。だから考えることは一つ。僕は自分で答えを見つけ出していた。


「露雪、頑張ろうね!」

「ああ……僕にとって最後の闘いだから、ね。もっとみんなにいいところ見せないと!」

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