Ep.24 黒幕は誰だ

「いやぁ、さっきの凄かったね。あれで勝敗は決したと言ってもいいんじゃない? 君のスペクタクル大声……! いや、スペクタクル奇声の方がいいかな?」

「し、城井さん、き、気にしないでくれ……忘れてくれ……」


 城井さんや数人の女子に注目されて恥ずかしい。それよりもさっさと次の勝負の準備をしてしまおう。

 次は勝利をしたチームとの闘いだ。12HRに勝った16HRと勝負がある。今の僕はさっさと終わらして謎解きをするのだとの考えに駆られていた。

 今気付いたのだ。

 ゲームマスターが城井さんを助けていたこと。

 そして僕がゲームマスターに助けられていたこと。

 綱引きの激闘を繰り広げて「あああああああ! うううううううっ!」と自分の浅はかさを悔やむ唸り声を掛け声にして。またまた勝利を決めてから考える。城井さんが「……きっとうちにはテクニカルよりも強引に突き進んでいく奴が多いんだね! 凄いね!」と褒めたたえている間もあったことを振り返る。

 城井さんが段々と調子に乗っていく姿に自分自身の面影が浮かび出した。彼女と僕、何だか似ている。

 ゲームマスターは体育祭なんて、と思う僕を救おうとしていたのではないか。

 本当はたまたまなのかもしれない。僕が怪我をするなんて思っていなかっただろうから。しかし、結果的には僕が謎を解こうとする性格を利用して、前を向かせてくれた。悔しさを僕の心に植え付けてくれた。たくさんの人と関わることで面白いように困難が突破できる様を教えてくれた。

 恩人、だ。

 僕も城井さんもゲームマスターに助けられたのだ。

 その状況で相手をいつまでも「自業自得だ」と言っていいのか。

 謎を解くことに些か不満もない訳ではないが。ゲームマスターが僕を信用たる人物として見極めるのに必要だったのかもしれないと考えると全く話が違ってくる。

 ゲームマスターはきっと一番の方法を考え続けていたのだ。謎解きをしながら本当に彼女が傷付かない選択をできているのか、と。

 褒め過ぎだ。自分でもそう思うが。今は奴のいいところしか思い付かない。

 後悔が力を呼んだのか。

 僕達の綱引きは全勝となる。

 城井さんと和陽が二人でクラスを「やったよ!」、「これで得点大幅にリードだっ!」なんて言っている合間に僕は放送室に戻っていく。

 最初にイヤホンでまた交信を試みる。


「アンタは何処にいるんだ……」


 言っても返事はない。自身の正体などを明かさないつもりだろうか。自身が重荷を背負い続けるつもりなのだろうか。

 放送室で理亜と合流すると、彼女は僕の心持ちを察したような表情で語り掛けてきた。


「……随分と男らしい顔になったじゃないか。今日限りだけどな」


 ツッコミを入れたいところだが。雰囲気ぶち壊しになるのでやめておく。

 今は焦らず、それでいて迅速に考えよう。


「助けなきゃ、だからな。ゲームマスターを」


 理亜が二年の綱引きに対し、準備を始めていく。その合間にチラッとこちらを見て、先程放った僕の言葉を復唱した。


「自業自得じゃないのか? イタズラっぽい子供はおしおきに拳骨でもされて、痛い目に遭う。ちょうどいいストーリーじゃないか」


 理亜に反論できる。その考えだけで心臓が飛び跳ねるような思いをした。

 緊張している。

 もうすぐ自分の障害物競争が始まるという点でもあるが。本当は違う。彼女に自分の意思を告げることに対して、不思議な感覚を抱いているのだ。

 今までとは違う、自分をさらけ出す。そのことに慣れていないだけ。


「自業自得なんかじゃない。ゲームマスターが僕が思うより大人な相手だったんだよ」

「何故、大人を助けようとするんだ? 確か以前、大人が嫌いだとか言ってなかったか?」


 大人は子供の気持ちなど分かってくれない。そういう類で嫌っているのだが、今回は違う理由だ。


「ああ、嫌いだよ。自分一人で悪者ぶっている奴が、な。一人で解決しようとして、自分の犠牲をいとわない、そんな大人が大っ嫌いなんだよ!」


 格好いい真似などさせてやらない。

 哀しいではないか。

 助けようと思っていた相手に恨まれるなんて。攻撃されてしまうだなんて。

 このまま恩人を誤解されたままにはしたくない。

 三年の綱引きが始まっても応答はない。二年の競技中だから取れなかったという訳ではないだろう。完全に僕との交信を断ち切った状況だ。一人、黒幕となって閉じ籠っているのだ。

 誓ったはずだ。黒幕に「ぐっ」と思わせてやろうと。

 ならば、奴の考えていない展開にしてしまえば良い。奴の正体を暴いてやろう。

 と言っても、黒幕が女性だとは分かっている。

 僕の話を聞いていた理亜がコメントをした。


「で、手掛かりはもう掴んでいるのか?」

「ああ……まっ、理亜やナノカじゃないことは確かかな。だって理亜が知ってる観客席の人達が知らない女性って言ってたから」

「ほぉ、後で挨拶するとしようじゃないか。でも、それは本当に黒幕なのか……?」

「ん?」

「だってナノカを操っているのだろう。情真を操っていたんだ。他の人だって命令に従っていたってことは考えられないか?」


 ふと考える。

 結果的に間違いなくゲームマスターがやったことはいいことだ。ならば賛同してくれる人もいるのではないか。ナノカもその事情を知って協力したのかもしれないのだ。

 ならば、黒幕が女性とは限らない。

 最中、僕はツンツンと指で肩を叩かれた。


「情真、考えるのもいいが……障害物競争が始まるぞ。くれぐれも慌てすぎて、パン食い競争のパンを喉に詰まらせないようにな」

「わぁってるよ……!」


 刻々と迫る制限時間。

 体育祭が終わってしまったら、城井さんは動き出す。その前に。

 しかし、タイムリミットはもう慣れている。慌てれば慌てる程、前が見えなくなることは知っているのだ。

 だからじっくり。余裕をもって。

 準備されていく障害物。目の前に広げられていく一本線に体育委員が様々な障害物を置いていく。足を入れて進むようにする麻袋やら、下をくぐり抜けるための網やら、バランスを取らないと落ちる平均台やら、パンやら。

 色々な思い出が想起されていく。

 お互い端から平均台に登ってじゃんけんをして、負けた方が落ちる。そしてどんどん進んでいくゲームをやったな、とも。

 町内会でやったパン食い競争でなかなかパンが取れなかったよな、だとか。

 他の学校で見る、粉に顔を突っ込んで飴を探す飴食い競争がないだけマシか。僕がやったら、のっぺらぼうになってしまう。

 何だか面白くって笑いそうになったところで理亜の声が轟いた。


『さて、準備は整いました! 障害物競争、始まります!』


 足が少しずつまた痛み出してくる。しかし、今の僕は諦めるなんて選択はない。

 今だけは全力で進み続けよう。

 先頭の選手の体を見て、同じ列にいる生徒を確認して。皆強そうだな、と思うもトリッキーなところなら僕も負けていない。これは運動神経ではなく、頭で戦う勝負だ。

 最中、大きく吹いた風でパンが揺れ動いた。それから麻袋、そして近くで見ていた人のとんでもないものまでさらわれていくこととなった。

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