Ep.23 このままでは

「遅かったな。ついつい、怒っちゃったぞ。本当は怒るつもりなんてなかったんだがな。ちょーっ、女の子とイチャイチャ喋ってたから、ついなぁ」

「わ、悪かった、悪かったって。許してくれ……」


 理亜に平謝りしてから、席に着く。

 それから二年の長縄の結果をいつでも口にできる準備をしてから、少し考えてみた。

 悪い、と。たぶんゲームマスターが決定的に悪いと思うのだ。勝手に僕を操ってノートを届けさせた。その中できっと奴は楽しんでいたところもあるだろう。制裁をくわえられても、文句は言えないだろう。

 それなのに、どうしてか。ソワソワして落ち着かない。悪い奴がそのまま罰せられる行為を「ちょっと待ってよ! 人が傷付くのは嫌だよ」なんて言う程、お人好しな人間ではなかったはずだ。

 つまるところ、僕は何か別の予感を考えているのだろうか。


「情真?」


 変な態度に気付いたのだ。彼女が声を掛けたのをきっかけにもう一度、相談してみた。


「……理亜、何度も悪い。これって自業自得だと思う?」

「ん?」


 彼女に全て話してみせる。一回だけ明るい顔をしたから「あっ、やった」と思った。彼女が謎を解いてくれたのだ。謎の答えが見つかったら、もう教わるだけ。この不安の正体すらも理亜ならぶっ飛ばしてくれる。そんな期待を込めていた、僕に彼女の言葉が衝撃を与えてきた。


「……なるほど、これは情真だけが解いていい謎だ」

「えっ?」

「名探偵が事件を解決するために解いちゃいけない謎だったんだよ」

「だ、だから……?」

「ゲームマスターの意向を汲むために私は何も知らないことにする。お前自身が謎を解くんだ」


 色々ツッコミどころはあった。

 理亜が名探偵だとか。本当に謎を解けているのか、とか。

 

「いや、でも、早く謎を解かないと……ゲームマスターが」

「ん? ゲームマスターは自業自得だと思ってるんだろ? それでいいじゃないか」

「自分でそうは言ってみたけど……」


 奴は取り敢えず、これ以上の謎は出さなかった。

 つまり。二年生の結果を発表して。三年生の長縄もひと段落ついた頃だった。


『ゲームクリアおめでとう』


 イヤホンから声が聞こえてきた。すぐにこちらからも発言だ。


「ゲームクリアって……!?」

『もう君を脅かすものはないってこと。このCDは破棄しておくよ』

「……僕の告白、CDに焼き付けられてたの……? どんな気持ちでそれやってんのよ……」

『じゃあ、後はご褒美でも用意しておくからさ。楽しみに待っててよ』


 そう言うと、プチリと声が切れた。

 奴の言う通り、間違いなくゲームは終わっていたらしい。これで時限爆弾も消えた。急いで謎を解くこともない。これからは晴れ渡った気持ちで体育祭に臨めるはず。

 次の種目、クラス対抗綱引きの準備も始まっていた。

 またまた一年が動かないといけなくて、やってきた野木先輩が声を掛けてきた。


「おいおい、理亜がもう先に行ってるぞ。情真もほらほら」

「あっ……は、はい……!」

「にしても、杏密は杏密であっちで体育委員と何駄弁ってんだか。早く来ればいいのに」


 頭を働かせながら、またグラウンドへ走っていく。

 そこには今の天気のように澄み切った表情の城井さんが待っていた。やる気のなさそうな男子を捕まえて、「ほらほら、頑張るよ!」と。先程まで城井さんに文句を言っていた人に対してもぐいぐいと引っ張っていく。

 何とも勇気のある人間だ。僕なんて、文句を言われたらそいつの顔を見たくなくなってしまう。ナノカは除くけれども。


「ほらほら、挽回挽回! 綱引きで一気に決めてくよ!」


 間違いなく今の彼女は引っ張ってくれる。その中に沸々ふつふつとゲームマスターへの復讐心が湧いているのだけれども。エネルギー源はそれだけではないのだとは思われる。

 近くにいたナノカはその様子に不思議がっていた。


「めっちゃ、凄い覇気ね……さっきのしょぼんってしてたのは何だったのかしら……?」

「まぁ、いいことでもあったんじゃない?」


 ナノカは僕の声に振り返り、キリッとした眉を見せつけてきた。


「そうね。さてさて、アンタも男なんだから。しっかり怪力を見せてやんなさいよ! へなちょこだったら許さないからね」

「あっ、ああ……!」


 縄の前まで皆で移動する。

 最初の相手は15HRの面々。あまり関わったことはないが、中学の頃に見覚えのある顔が何人かはいる。ただそいつらのために手加減するようなことはしない。というか、関わりがあったとしても手心なんて絶対くわえない。全力で行くからこそ、こういうものは面白いのだ。

 といっても、僕一人が手を抜いたところで絶対の力がそこそこ変わる訳ではないと思うが。それは考えないお約束。

 野木先輩が放送で始めの合図を口にする。


『準備ができたようですね。では縄を掴んで、レディーゴー!』


 縄に来る引っ張られる感覚。手が少し痛くなる。しかし、すぐに思い切り引っ張ってやる。限界まで力を入れて、足を踏ん張って。これ以上、綱を相手にあげる訳にはいかない。

 そう考えてふと思う。ここまで熱くさせてくれたのはゲームマスターのおかげかも、な。

 最後に城井さんの感情を考えたからこそ、彼女が体育祭に懸けている情熱も伝わってくるようになった。走り回らされたことで痛みすら忘れられた。

 それは僕だけだろうか。

 結果、城井さんも助かった。

 城井さんのノートは結局、読んでないとゲームマスターは言っていた。それは本当に読めなかったのか。違う。城井さんには読めなかったみたいなことを言っていたけれども、彼はいくらでも捲るチャンスはあった。読まなかったのだ。城井さんに自分は見ていないと伝えるために、わざわざ「読めなかった」と伝えたのだ。

 自然と助かった訳ではない。

 そこから変な思考が流れていく。

 もしもゲームマスターがノートをそのまま渡したとなれば、城井さんはどう思うだろう。いきなり現れた相手を救世主と思うだろうか。少しは怪しむに違いない。

 だけれども、同じクラスメイトの僕が「落ちてたよ」となれば少しは違う。アイツか、アイツなら読んでないかも。読んでたとしても少し位バレてもいいか。アイツは別に何かバラすような人ではないし、と。

 僕のゲームは全て、城井さんを助けるために仕組まれていたものだったのか?


「あっ……あああああああああああああああああああああっ! ああああああああああああ!」


 たまたまか。僕が掛け声を混ぜ合わせたショックの声を出した、数秒後にこちら11HRの勝利は決まった。

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