Ep.22 黒幕ムーヴ
予想外の出来事に当然、口から心臓が飛び出そうになった。そんな僕の軟弱な心臓はさておいて、彼女から伝わってくる強い怒りを感じていた。
当然、誤解ではある。今出た彼女の言葉すらも。
「こんなとこに持ってきてさ、何のつもり? 何を考えてるの? ボクが体育委員で仕事してる間にみんなで笑いながら読もうとしていたって訳?」
気持ちは滅茶苦茶分かる。同じ立場だとしたら、絶対相手を疑っている。
ただ僕は何もやっていない。このノートの内容を誰にも見せてもいないし、鼻から笑いものにしようだなんて考えていない。
異様に強くなった陽気が僕の背中にじわりじわりと焦がしていく。
ノートをもっと深く入れておくべきだったとも後悔した。何か理由を告げてこちらからきちんと渡せば、彼女もここまでの感情を露わにはしなかっただろうに。
彼女には無用な怒りだと伝えたい。しかしながら、今それを証明する手段などないのだ。何を言ったとしても、ただの言い訳となって消えてしまう。
それでも、少しでも。
「ねぇ」
「何を言いたいの!? これを読んだ感想なんていらない! いらない! 勝手に批評しないでよ!」
「そんなこと言おうとしてないよ」
何を言っても、話しても彼女の心を無駄に抉ってしまうだけか。何だかお腹が痛くなってきた。
その中でずっと彼女の気持ちだけを考える。
城井さんが落ち込んでいた理由はノートを落とした、からであろう。自分の恥ずかしい内容が書かれたものをきっとずっと不安になりながら探していた。
だからそれを僕が盗んでいたと勘違いして、激怒している。ヒステリックに僕の言葉を拒絶しても何の不思議でもない。
どうしようか。
「え、ええと、ええと……その」
言葉に詰まって泣きそうにまでなった時、イヤホンから声がした。
『代わってくれ』
ゲームマスターの声がした。奴の意図が読めず、ポカンとする中、もう一度言葉が飛んできた。
『時間がない! はやく代わってくれ! その子の相手をさせてくれ!』
「う、うん……」
指示通り従わされていく。
城井さんに、はいとイヤホンを手渡してみる。
「何? これ」
「ちょっと話したい人がいるそうで」
「誰が、そんな……」
その渡す瞬間に、耳に装着していたら鼓膜が破れていたであろう声が飛び出した。
『残念だけど、怒る相手が違うんだよな! それを盗んだのは自分でな! そいつは偶然隠したものを見つけちまったって訳だ!』
「えっ?」
城井さんが目を見開き声を出すと同時に僕も「ゲーム、マスター?」と奴の名を口にしていた。何を考えているのか。何故、今僕を助けようとしているのか。
動向を探ろうと辺りを見回すも、何かをしているような人は僕の視点では見つからなかった。
『みんなで読もうとしてたんだがな。生憎、時間がなくってね。全く開けていないんだ。悔しいが』
奴の独白に今度はイヤホンに対して、怒りの表情を見せた。黒い顔が段々と赤に染まっていき、敵意剥き出しとなっている。
「野郎!」
『おっとおっと、偶然落ちてたものを拾ったんだ。恨むなよ』
ただ少し違和感もあった。怒りだけではない。一瞬だけ何かを見透かしたような俯き加減と目を見せた。
「……ふぅん、そうか。分かった。イヤホンを持ってるってことは声を隠しているけど、アンタだったんだな」
「えっ?」
今度はこちらから驚嘆の声にもならない音が出てしまった。彼女はゲームマスターの正体を知っているとでも言うのか。
聞きたかった。
「それって……」
「アンタはこいつの正体を知らないの?」
「えっ、あっ、うん。ずっとこの変な声を聞いてただけだから」
「そっか。詳しくはボクもよく分からないけど……心当たりはあるから。あの時、イヤホン落としてたよね」
イヤホンからの反応は一つ。
『知ってたのか』
「ああ、待っててよ。体育祭が終わったら、絶対にぶちのめすから」
『話し合えればいいけど』
「腐った性根のアンタに言葉は不要だ。どうせ話し合ったとしても変えられるもんなんてない」
『分かった』
彼女が怒りのまま、イヤホンを握り潰してしまいそうだったからすぐに返してもらう。
続けざまに吐いたのは僕の頭にある疑問だった。
「えっ、女の人……?」
「悪いけど、それは言えないよ。露雪はこいつから奪ったんでしょ?こいつからしたら、格好の的。下手に近づいて露雪を怪我させる訳にはいかないもん。知らなくて大丈夫だよ」
「あっ……そ、そうなのか?」
怪我、と言ったが。
ゲームマスターがこちらに物理的な危害を加えてくるとは思えなかった。完全なる僕の第六感が働いているだけなのだが。
と言っても彼女は奴が危険だと信じて疑わない。
逆に僕が完全にヒーローとなっているようだ。
「さっきはごめん。取り返してから、なかなか会える時間もなかっただろうし。放送部で忙しかっただろうし。ずっと返すタイミングをうかがってたんだよね。それを勘違いして……本当にごめん」
「あっ、そこまでしなくても。ってか、そこまで頭を下げて、腰折れないっ? バキッて言ったよ? 大丈夫!?」
「露雪の痛みに比べたら、こんなもん!」
何度も何度も頭を下げてくる彼女。僕への疑いは今の天気と同じですっかり晴れてくれたようだけれども。
何か変とまたもやもやしたものを抱えつつ、動くことにした。放送部に戻らないと理亜がキレる。
「じゃあ、そろそろ行くから! 後、そうそうさっきの気にしなくていいよ」
「さっきの?」
「長縄の時のこと。ずっと足が痛かった状態で飛んでたんでしょ? ハンデがあるんだ。これで今の状況ならとっても凄いことだと思う。こっちの組もまだそんな負けてないし」
そう言いつつ、彼女の顔を見る前にある人の声が飛んだ。
『えー。こちら、放送をお届けしております。相方がもたもたしてるみたいですが、二年の長縄を始めましょう。待ってなんかいられません』
私情を強く挟んだ放送を始めたことからよく分かる。だいぶ怒っている。今日はずっと任せっぱなしだったから堪忍袋の緒がぶちぶちぶちぃと勢いよく切れたのだろう。
「や、ヤバい! い、行かないと!」
急いで走ろうとする僕に彼女は一言。
「露雪にちゃんとお詫びしないとな……あっ、いいことしてあげる!」
「何を?」
「今は急いで急いで後で教えてあげるからさ! とってもいいこと!」
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