Ep.21 ああ、壊れていく
ノートを見てハッとある光景を思い出した。つい先程、見ていた佳苗先輩と三枝先輩のやり取りだ。
「佳苗、こんなの見つけたんだ」と言っていた三枝先輩が手に持ってたのは確かノートだったはず。そしてその後輩もノートを持っている。まさか陸上部のノートなのだろうか、と。
練習で発見したことを描くノートなのであろうか、と。
広げて中身を確かめようとしていた自分がいた。しかし、すぐ誰かに引き留められたような気がした。たぶん、脳内の中にいる僕だ。僕の思い出だ。
佳苗先輩の方は非常に恥ずかしがっていた。三枝先輩に悪気はないのだろうが、見られてあまりいい気分のする内容ではないらしい。
つまるところ、だ。
城井さんも同じ内容で見られたくないとしたら。
僕が興味だけで見るのはあまりにも失礼な行為だ。一瞬で立ち止まって良かったと思う。
ヒントは全て明かされたみたい、だ。
ピンと気付いたから、すぐマイクに伝えてやった。
「アンタはこのノートを城井さんに渡してほしかったのか……?」
少し経った後、何かを叩くような音が聞こえてきた。パチパチパチと。拍手のつもりだろうか。黙っていると、答えがイヤホンに飛んでくる。
『ついに見つけてくれたんだね。謎を解いてくれて、どうもありがとう! 後のミッションは城井成美にどうやってそのノートを渡すか、だね。くれぐれもこちらが中を見たことは悟られないように。何故校舎裏で消えたものが出てきたのか……どうして、ここに存在しているのか』
「その謎を解けってのか?」
『ああ! 答えは納得のいくものでいいから!』
何だか答えが何でもいいような言い方だ。今までは一つの答えしか用意してなかったみたいなのに。
何故、そんな言い方をするのか。
考えようとしたところで辺りに理亜の声が響き渡る。
『さぁ、まずは陸上部が最初の疾走を決めた! それに追いつこうとするのがサッカー部!』
何かを思考している場合ではなかった。観客席の方からグラウンドを見ると、もう部活対抗リレーが始まっている。急いで戻らなくてはと足を動かしていく。
焦りのせいか、朝負傷した足の痛みなどは蚊帳の外となっていた。
「理亜、すまん!」
「ゲームは終わったのか?」
「あ、後ちょっとだ! でも、その前に放送しなきゃ、ダメだろ?」
「だな」
理亜と共にできる限り、部活の紹介をしていく。僕が「次に走るのは合唱部!」と言うと、理亜は「部長が小さなマイクを持って、歌声を響かせています!」と。ふと、その姿が僕に指令を出しているゲームマスターと重なってしまったが。そのマイクで僕に指示を出しているのだとしたら、今この瞬間、僕の耳は壊れているはずだ。
その上、アヤコさん達は犯人が女性であることを教えてくれている。
誰が犯人なのかと推察しつつ、実況を進めていく。
選手達の走りが落ち着いて来たところで理亜が次のプログラムも放送器具を使って語っていく。
「さてさて、午後の競技は長縄、綱引きとなっております! その後に障害物競走、借り物競争、クラス対抗リレーとなっております! このままどちらの組が勝つのか!」
頭を動かしている時間などないのかもしれない。
クラス一丸で動く長縄が始まってしまう。僕達はやってきた野木先輩と菰原先輩に放送をお願いして、長縄が用意されていく競技場へと足を動かしていく。
緊張する。一回ノートはグラウンドの隅にある僕の鞄の中に入れて、後で考えることにする。
皆で一気に飛ばなければならない長縄。クラスの限界を超える結果を出せるのか。
ただ一番辛いのは僕ではない。僕の二つ後ろ位にいる城井さんだ。彼女は今も明るい顔はしていない。今は和陽が長縄を回す役割として、体育委員として皆を奮い立たせている。
「百は目指そうぜ!」
城井さんの後ろにいるナノカも女子代表としてのつもりなのか。
「おー!」
と一番最初に声を上げる。
僕の真後ろにいた愛原さんがクスッと笑っていた。
「張り切ってるわね」
「そりゃそうだ。ナノカだもの」
「露雪も張り切ってみる? それとも……もう切り捨てちゃう?」
「愛原さんは切り捨てるの……?」
「残念ながら……おまじないってのは真面目にやらないと……うまくいかないものが多いのよね……」
何のおまじないをしているのだろうか。
僕に対する呪いではないといいが。
「何のまじない……?」
「それはちょっと教えられないかな……」
彼女は秘密と言う。確かにおまじないは人に話してしまうと効力が無くなるとのものが多い。だから何も言えないことは納得なのだが。何か不安が残る。彼女が「まぁ、露雪にはお世話になったからね」と。何のことを言いたいのか。
疑問が増える中で始まっていく長縄飛び。
最初は本当に順調だったと思う。いつもより僕達ならやれると思っていたんだ。
何回も何回も何回も何回も。
たぶん今までよりも飛べたと思うのだ。声もいつもより大きい。
しかし、だ。
それは一つの引っ掛かりで瓦解する。
敢えて誰とは言わなかったが。
――あれ、何かぼさっとしてない?
――何か変だよな? 今日……?
誰かの話が刺さっている気がする。
だから空気を読まない自分が言ってやる。
「今は何が犯人かなんて」
「今は時間がもったいないわ! ごそごそ言ってないで進めましょ!」
僕の途中でナノカの声がバッと飛んでいく。クレーマーの声が轟けば皆も何も言えなくなる。
僕よりもナノカが言った方が飛ぶし、良かった。
再び飛んでいく。時間がある限り、このままずっと飛び続けると。クラスの中で些細な疑心暗鬼が起きているものの、それすら吹き飛ばす勢いで。
今は、今は。
「くっ、ちょっと、きついわね……」
そんなことを言っている愛原さんを叱咤させてもらった。
「もうちょっと耐えて! もうちょっとだから! こんな僕が言うことじゃないかもだけどさ」
「……そうね。足が……足が……でも」
疲弊が皆の顔に現れている。長縄を回す側の和陽の顔もそう。もうダメとのところで長縄を終了させる菰原先輩の声が飛ぶ。
「そこまでっ!」
終わってくれた。やっと何とかなった。
数は百まで行かなかったけれども、なかなか好調ではないか。そう思いたかったが、得点は他のクラスの方が上な気がする。
今まで頑張っていたものがあった分、悔しい気持ちも心の中に積もり始めていた。おかしい感情だ。最初は足を引っ張っていてもいいと思っていたのに。
何で今この感情が生まれているのか。
一回放送室に戻ってから、いや、そのことに関しては家に帰ってから考えるか。そう思って、競技場を後にする。皆が応援席に戻っていく状態だ。
そんな中、誰かが僕の背中をちょんと指でつついた。
「ん?」
その後ろには何だか酷く辛そうな城井さんがいた。晴れ渡る笑顔が今はない。何だか今にも雨が降り出しそうな表情でこちらをずっと見つめている。
「な、何? どうしたの?」
「何で……」
「ん?」
「何で……アンタがボクのノートを持ってるの!? たまたまアンタの鞄で転んじゃったのは悪かったけどさ、そこからこんなものが出てくるなんて思いもしなかったよ……!?」
「あっ……」
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