Ep.19 舞い降りるエンジェルと

 こちらも弁当を用意し、放送室へと歩いていく。もう昼休みの準備はしてあったようで、落ち着いたJPOPの曲がグラウンドに流されている。その源である放送室の中では米の匂いで溢れていた。中にはおにぎりにパクついている天使のような女の子がいた。


「あれ……?」


 理亜ではない女子がいるからこそ、驚くものの。すぐ落ち着いていく。

 三つ編みを振り乱す、榎田さんがこちらに挨拶をした。


「じょーくん、おかえりです!」

「え、榎田さん。何でこんなところに?」


 すぐ横でたこさんウィンナーを一齧りしていた少女、理亜がこちらに冷たい目線を向ける。手元に玉子焼きやブロッコリーなど可愛い具材があるからこそ、今の態度にギャップがありすぎて怖く感じてしまう。


「何か、問題でもあるのか?」

「いや、別にないけどさ……」


 男の僕が入っていいのかとの悩みがある。あまりにも和気藹々とした雰囲気を邪魔するのも悪いし、別の場所に隠れてご飯でも食べようか。そそっと後ろ歩きをしようとしたところ、榎田さんに止められた。


「あっ、ちょっと! いいじゃないですか! じょーくんもここでご飯食べましょうよ」

「えっ? いいの?」

「別にいいですよ? ねっ?」


 理亜はまたからかうような笑みを。


「ああ……情真が私達をご飯のお供にしないのであれば大歓迎だ」

「そんなこと、誰がするかってんだ……」


 変なことを言うと、榎田さんが僕に偏見を持つことになる。今はまだ「どういうことでしょうか?」となっているみたいだから、安泰だ。彼女には一生純粋なままでいてほしい。

 そして優しくあってほしい。

 僕は推理したことを思い出す。推理の答え合わせを兼ねて彼女に確認をしていく。


「榎田さん、千五百メートル走の時のこと覚えてる?」


 それを聞くと彼女は一回溜息をつく。そして、表情をへにょんとだらけきったようなものに変化させていた。どうやら、あまり思い出したくないらしい。

 彼女は一旦弁当を放送器具の上に置いて、伸びをする。


「うう……疲れましたよー。もうあんなに長く走りたくないです……」

「あっ、その時のことじゃなくってさ……走る前……榎田さん、靴下の色変わってるよね」

「……気付かれちゃってましたか。そうですね。成美ちゃんと交換しました」

「やっぱ、城井さん怪我してたの?」


 榎田さんは「ええ」と頷いた。それから何か目の奥に強い意思のようなものを僕に感じさせていた。


「足を……でも靴下に血が付いちゃうってなるのが凄い気になってたようで……だから交換を申し出たんです。わたしの赤い奴なら、血なんて付いてもバレませんし……。本人は気にしてたみたいですけど、気にせず走ってもらいました」

「何でそこまで?」

「だって成美ちゃんはわたし達白組の希望ですからね。あの子が足が速いってことは噂で聞いてたんです。だから、勝ってもらわないとってなって……! お貸ししました!」


 榎田さんから伝わってくるのは、勝ちたい、その思いだった。彼女は自分の意思を城井さんに託したのだ。

 皆からの期待がある。そう言えば、彼女は最後のリレー選手でもあった。やはり僕とは違って皆から応援される存在なのだ。そう考えてふと思ったことがあった。

 城井さんが何かに苦しんでいる。その訳がプレッシャーにあるのではないか、と。


「あのさ、榎田さん達が見た時、凄い城井さん緊張してたと思うんだけど、それもあるの? その時はもう交換した後だったの?」

「そうですね。千五百メートル走の前に成美ちゃんが足を抱えていたのを見て声を掛けたんです。で、交換して」

「じゃあ走る前に彼女が凄い気持ち悪そうというか、何かしてたのって……」

「成美ちゃんは何も喋りませんでしたね……でも、何かすっごい困ったような顔を……何故でしょうかね。緊張って感じとは少し違った気もするんです」


 何も話せなかった、か。

 今はそれが窓ガラスの事件を起こした罪悪感ではないことを知っている。何もかもが分からない中、時間は進む。

 焦りそうになるも目の前でほんわかな雰囲気を出してくれる榎田さんのおかげで気を保つことができた。さて自分も弁当を食べようと蓋を開ける。

 すると麺だけ。冷やし中華の麺だけ。一応、横にきゅうりやらハムやらは乗っているのだが。

 覗き見てきた理亜がコメントする。


「あれ、冷やし中華なんて珍しいじゃないか……で、タレとかは何なんだ? ポン酢とかもいいが、ゴマダレも意外といけるし……」


 言われれば言われるだけ恥ずかしくなってくる。

 タレは中に入っていない。母親が入れるのを忘れたのだ。


「……素で食べるんだよ!」

「えっ?」

「肝心なスープがないんだよっ!」


 二人が目を丸くしている中、さっさとこの地獄のような時間から逃げようと必死に麺だけ食べていく。味も何もしない麺ときゅうりを一気に食べていく。ハムだけは味があるものの、冷やし中華として考えるととても悲しくなる。

 残念な昼食を終えた僕達。理亜が「よく食えたな」なんて行ってくる前に外へ出る。今の悲劇については忘れてもう一度推理をしてみよう。

 一体城井さんは何を抱えているのか。

 何を困っているのか。

 喋らなかったのは何故か。まさか今の僕みたいに恥ずかしい、との感情が関係している訳でもあるまいし。

 考えながら歩いていると、またもや目の前に金髪の女子生徒が通り過ぎた。佳苗先輩があまりにも存在を主張してくる今日この頃。彼女にとっては僕が強調されていたらしく、少しだけ戻ってきてこちらに文句を言ってきた。


「ちょっ、アンタ、今日よく見るわね!? 何で、そんなにウロチョロしてるのよ!」

「何かウロチョロされたら困ることでもあるんですか?」

「な、ないわよ! 別に! 用はないなら……」


 最中、佳苗先輩のストーカーである三枝先輩が後ろからやってきた。


「おおい! 佳苗、こんなの見つけたんだが、これって……!」

「何も知らない知らない知らない! そんなのワタクシじゃないから……!」

「ええ……? でもこれって」

「何も知らないわよ! だからってそれ持ってかないで! それ、燃やしなさい!」

「……ええ!? 一生大切にしたいんだけど」

「アンタ事焼却してやろうかしら……!」


 目の前でドタバタと起こる騒ぎに何も喋れなくなってしまう僕。

 しかし、この時間は誰かが僕にヒントをくれていたのだと後になって知るのであった。

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