Ep.18 神は消えた
見たら一瞬で犯人が分かるもの。それは野球ボールに他ならない。
なんたって、その人達がバットでボールを打つ姿は誰しもが見ているはずだ。犯人が分からなかったみたいだが、それに関してはきっと打ったボールが樹々のところで一回バウンドしたのだと思われる。その後一回か二回弾んだところに関してはグラウンドと校舎の間にある樹々のせいで視界が遮られていたから、だろう。野球部のバウンドするボールの行く末を確かめる暇人などあまりいないはずだから。
バウンドしたボールが物理準備室の窓ガラスを割った。
ガラスが割れたのをすぐに知ることができたのはボールを取りに行った人か。ガシャンという音は合唱部の発声練習に遮られ、三枝先輩以外は音にすら気付かなかったのだと思われる。知った犯人がすぐ「何とかせねば」と気付いた。そこでやったことがまず中に入ること。ボールを回収しなければ、真っ先に野球部が疑われる。そしてバットを持っていた人間が割ったことが一目瞭然。
だからその人は悪知恵が働き、近くに置きっぱなしにされていたバレーボールを使った。これで割れたことにしてしまおうと考えたのだ。そうすれば、誰がやったのかも分からない。
慌てて中からガラスを水筒か何かで破壊する。きっと外から割った方がいいとか、中のものをもっと壊した方が良いとは思わなかったのだろう。
「バレーボールは空気を入れるから、野球ボールより力強くバウンドするなんてこときっと思いつかなかったんだ……。野球ボールを何とかすることで精一杯でね。だから、外にある大きなガラス片なんかも気付かなかったのかな。まぁ、その後少しは窓ガラスは掃除されただろうけど……あの場所は暗い場所だからね。片付けた人もきっと気付かない破片が残ってたんだとは思う……推理の中では城井さんが怪しい点に色々ケチをつけるだけだったけどさ……これさえ分かれば、もう城井さんが犯人だとは思えないな。今は野球部が犯人の可能性しか考えられないんだから」
反応なしか。まさか何も聞いていないのかと思う頃。
向こうからは擦れた笑いが聞こえ出した。
『あははははは……証拠がない状況でそこまで推理できちゃうだなんてね……』
「まぁ、誰も嘘をついていないことを加味しての話……まぁ、ガラスが事故で割れただけだから、そこまで多くの人が加担して嘘をつくってことも考えられないし……ってか、何人も関係者がいるなら隠すより、修理費集めて払った方がいいからね……」
『……いや、たぶん証言者の中に嘘はないよ。ゲームクリア、おめでとう』
これでおしまい、か。
ただそれなら教えてほしいことがある。
時限爆弾のありかを。これで僕に危害を加えないかどうかのことを。
「じゃあ」
『ってところだけど、まだ何故城井さんが気を落としているかについての答えには至ってないみたいだね』
「ちょ、ちょっと待て! それはガラスを踏んじゃって痛かったから。怪我をしたから、じゃないのか? 体育祭を楽しみにしてたなら猶更……!」
『不正解かな』
「だけじゃないのかよ……」
『って言っても、これに関してはこっちが隠してるものだからね。仕方がないよ。このヒントをあげる……! 神の居場所を探せってね。さてさて次の制限時間は障害物競争が終わるまでかな』
「また……謎解き!?」
これで終わりではないのか。
まだ僕に試練を与えるつもりか、と。ゲームマスターは城井さんの無実を暴きたいとか、そういったものではなかったのか。何を目的に僕を操っているのか。
元々怪しさしかなかったのだが。
「神」なんて言われて気持ちの悪さしか感じられなくなってくる。
自分を神だとでも思っているのか。
『ちなみに神はシーツに覆われている……ヒントは以上!』
異常だ。
もう次に僕が話しかけた時には相手の反応が消えていた。
折角、ナノカ達と協力して解いた謎なのに。ただただ制限時間を伸ばすだけだなんて酷すぎる。
ナノカが協力したからいい人なのかと思ったが、違ったのがあまりにショック。
僕は騙されたのかと、トボトボと放送席に戻ろうとする。戻ったら、皆に言うしかない。「協力してくれたのに、ごめん……」と。しかし、理亜はどう思うだろうか。もしも僕が理亜だったら。新しい謎に心をときめかせようとするのではないか。
皆が誰かの活躍を期待するように。
まだ絶望するには早いのかもしれない。この悪夢はきっと体育祭が終われば意味がなくなる。奴が体育祭の中のゲームと断言している限りは。
絶望するチャンスはこの先、幾らでも訪れてくれることだろう。
前を向くチャンスは今、この一度切りしかない。諦めることなんていつでもできる。前へ前へ進むのはいつだって一度切り。
顔を上げた瞬間、ナノカが目に映る。彼女は木葉が舞う強い風の中でこちらを見つめている。かなり強い視線だ。風の音に負けじと彼女は言い放つ。
「情真くん、放送の方、真面目にやりなさいよ」
「……ああ、ごめん」
「この時間は一度切り。体育祭は三回あれど、一年の体育祭は人生で一度だけ」
彼女の壮大な言葉が心に響く。人生なんて言葉を使うなんて、まるで彼女は神様みたいだ。
「そうなのかな……」
「後悔はしちゃダメ。そのためにはちゃんと貴方の使命をちゃんと果たしなさい」
「は……はい!」
きっと彼女は僕にこう伝えたいのだ。真面目に放送をやれ、と。
ただ今の言葉が彼女の予想もしていない僕の心情を酷く揺らしている。応援してくれている。
「……分かったんなら、行って良し……! そういや、弁当はどうするの?」
「放送室で食べよっかな……って思ってたんだけど」
「そっ、そうなの。了解。食べる時はちゃんとマイク、切りなさいよ」
彼女はそう言うだけ言って、応援席の中へ姿を消していった。
大玉転がしも終わっていく。一回目のカウントダウンを終わらせた今、僕の心には不安と安堵が共存している。
これからどうなるか、なんて全く分からない。だけれども、謎を解くしかない。そうすればゲームマスターの心も見えてくるはず。見えてきた先で、奴がこちらに危害を加えようとしているのが分かれば、嫌という程捻くれてやろう。最後の最後でゲームマスターに「ぐっ……」と言わせるようなことをやってやろう。
もしも、奴が本当に何かいいことをしてたのなら……。いや、考えるのはよそう。
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