Ep.17 擦り傷と友情

 理亜はどうやら僕よりも早く謎という壁を粉砕していたらしい。ナノカの問いに焦らず語る。


「今日のあの子の様子、変なのは知ってたか?」


 突然の問い掛けにナノカは一旦首を何度か傾げるも平然に戻っていく。


「確かに持久走の時、何かおかしかったかも……何か凄い走りづらかったような……ああいう走法ではなさそうだったし」

「何でそうなると思う? 三、二、一」

「ちょっとちょっとカウントダウンしないでよ! 何で!?」


 何故、と言われて僕が一番知っていた。足自身が教えてくれた。


「足が痛かった……かな? 足が痛くて、つい変な動き方になったとか……ある?」


 理亜はニヤリ。僕は何とか理亜に追いつけているようだ。彼女が辿り着いたゴールに向かっていると確信できた。


「そうだな。それに彼女はみるくと靴下を交換してるみたいじゃないか。わざわざ紅い靴下を……な」


 ナノカは困惑するばかり。


「ええっ? 何で痛いで紅い靴下って……血でも隠して……えっ、隠してるの?」


 理亜は首を縦に振った。


「まぁ、みるくが無理矢理奪われたって様子がないのを見ると……どうやらみるくが交換を提案したんだろうな。その緑色の靴下が汚れちゃうよ……とか。それでも大丈夫と言ったかどうかした成美にみるくは『じゃあ、その靴下履いてみたいんで交換してください』と。みるくは妙なところで頑固なところあるからな。強引に押し切ってそうだ」


 あり得はするか。

 体育委員として皆の前では盛り上げないといけない役目。城井さんが「大丈夫」と言っている姿がありありと頭に浮かんでくる。

 というか、それしか紅い靴下に変えてる理由が説明できない。

 そしてそこから導かれるのは足から血が出ている真相。それが何だと疑問を言うのがナノカだった。


「にゅーちゃんが……? ええ、どうしてそれが……一旦待って……えっと、足から……特にかかとの部分から血が出てて……何かまるで靴擦れしたみたい……」


 靴擦れの言葉。それで彼女の走り方が変になることは想像できた。慣れない靴。だからこそ、靴が走ってる途中で脱げたことに関しても納得できた。

 なら、何故慣れない靴を履いてきたのか。いつものトレーニングシューズは何処へ消えたのか。

 理亜は見抜いてくれたようだ。


「その通りじゃないのか? 慣れない靴を履いてしまったんだよ。トレーニングシューズが部活で使えない状況になったんじゃないのか?」

「えっ、何があったの!? まさか靴を隠されたとか、そうじゃないわよね!?」

「隠されたんなら裸足で歩いているところを見た人がいるだろうな……でもそうじゃないとすると、靴が使えない理由って何だ? ナノカはどんな靴を買いたくないと思う?」

「変な問いをするのね……臭いとかじゃ、使えなくなるとは違うし……壊れてたとか……? 靴の下がびよーんって壊れちゃってたら……クレームものよね……」


 言ってから、彼女は気付いた。


「って、もしかして穴が開くようなことでもあったの?」


 理亜も僕も同時に頷いた。考えられる事態で一番自然なのはこちらではないだろうか。理亜は僕が真実に辿り着いているのに察したのか、喋る権利をこちらに譲ってきた。黙ってこちらを見つめている。

 緊張はするものの口にする。


「たぶん。例えばガラスを踏むとかで靴に大きなダメージを与えちゃったとかじゃないかな……昨日は雨だったし、靴を使うことはなかったけど、今日は違う。履き慣れないトレーニングシューズを履かないといけなかった……その理由は簡単。落ちてたガラス片で使い慣れてた靴が切れちゃったから、じゃないのか」

「だな。そこから成美の無実も分かる。なんたって、成美は『分からなかった』からな。ガラスが何処に落ちてるのか分からずに踏んだ。体育祭の前にわざわざ、見栄を張るような体育委員が自分の靴を切って慣れないトレーニングシューズを履く理由……なんてそれしか思い浮かばないだろ?」


 ナノカもゴールに辿り着けたみたいだ。少しだけ悲しそうな表情を見せていた。


「……そんな状況で……成美ちゃん頑張ってたんだ……そっか。そういうことね」


 理亜がその様子を見つつ、補足を入れていく。


「おっちょこちょいで踏んだとかはないだろうな。なんたって靴で壊れたってことは窓の外にガラスが飛び散ったってことだ……。外から入って中に散らばるはずのガラス片が外にある……つまり、犯人が何等かのトリックを使ったということは確定してる。証拠隠滅しないといけないと思う、余裕のある犯人が外に散ったガラスの破片を回収しない訳がないからな……」


 そうだ。まだ僕達はゴールにいないことに気付かされた。

 城井さんの無罪はだいたい見えた。彼女の無実を信じることができる状態だ。だけれども、それがゴールじゃない。犯人を見つけ上げることこそ、彼女を救うこととなる。やはり真犯人を見つけて犯人を縛り上げてからこそ、彼女が何もやってないと証明できるのだ。

 ナノカは今の一連の会話で判明したことをまとめていく。


「ガラス片が外に……? そっか、そうじゃないと靴で踏むことはないわよね……。じゃあ、今の話で浮かび上がる犯人像って言ったら、証拠隠滅をする必要があって……余裕がなかった人……?」


 今までの話をする中で見えてくる。

 証拠隠滅をする必要があった。

 きっと犯人は何かで窓ガラスを割ってしまった。で、泥棒みたいに窓の方から鍵を開けて中へ入ったことが予想できる。入口のドアが開かないことは理亜が菰原先輩から聞いている。

 それから中に入った犯人が本当の凶器とバレーボールを取り換える。それから中からでも窓ガラスを割らないと焦ったもの。

 水筒が凶器だとして、犯人は焦るだろうか。

 よくよく考えてみれば、焦る必要はない。なんたって、水筒はそこら辺に落ちている。バレーボールだってその辺りに落ちている。

 偽装工作をする必要があったということは、窓ガラスを破った時点で一瞬で犯人が分かる証拠のあるものだ。


「……ナノカ、話をまとめてくれてありがとう。そして、理亜……手伝ってくれてありがとう」

「おお……」


 大玉転がしが終わるのが見えた。

 タイムリミットが来る。だからこそ、僕は一旦外に出てマイクに向かって叫ばせてもらった。


「窓ガラスを割った犯人……それって、野球部の人だよね?」 

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