Ep.16 名誉の推理

 ナノカはとっても恥ずかしかったらしく、勢いよく顔を隠す。


「いやぁ……ちょっと、別に深い意味とかはないのよ……ご、ごめんなさい……反省するわよ」

「そうやってしっかり謝れるところが好きだぞ、ナノカ。ほら、情真も」


 僕も理亜に謝らなければ。


「あっ、理亜、悪かった」


 なんて言うとキッと睨まれる。何故だ。謝ったのに、と思ったら理亜がヒソヒソ声で言ってきた。


「いや、好きだぞって言えって話だ。チャンスだったんだぞ。今ナノカ、弱ってるから」

「こちとらモンスター捕まえに来た訳じゃねえんだぞ……!?」


 そこでひょこっとナノカが我に返った。そして「何の話してるの?」と生まれたての子供みたいな澄み切った眼でこちらを見つめてきた。

 理亜は指を鳴らす。


「惜しい! もう少しのところだったのに!」

「うっさい」


 僕は彼女のおふざけをスルーしてから、ナノカに向き合った。

 彼女は今、僕の敵であるかもしれない。しかし、だ。今まで彼女が僕に牙を向いたことがあっただろうか。いや、ある意味日常茶飯事ではあるが。僕が絶望に陥るようなことをしたことがあったかと聞かれれば、絶対違うと答えることができる。いつもピンチを救ってくれた。

 その強い光が僕等を照らし、助けてくれた。

 一人で思い付かないのであれば、ナノカに相談するしかない。ゲームマスターに答えるなと言われていない限り、何とかしてくれるはず。心の中を騒めかせながら、ナノカに尋ねてみる。


「ねぇ、ナノカ……窓ガラスが割れた事件に関して城井さんを助けたいんだけどさ……」


 僕は彼女を助けると称して告げていく。誰かに疑われていて、困っていることを話す。普通のナノカだったら、きっと助けたがるはず。そう願って、事件の手掛かりを話して彼女に問うた。


「成美ちゃんがそんなことに……で、疑ってるのって誰なの? ちょっと一発ぶん殴って来ようかしら?」

「あっ、いや……そんな噂が立つかもしれないって心配だよ」

「そうなの? でも聞く限り、怪しいし……そうなっちゃうかぁ……」


 理亜も話を聞き、華奢な指で何度も唇に触れている。「ふぅん」と口から声を出した後に城井さんを怪しむ理由を再度言葉にした。


「そりゃあ、犯行現場からいきなり走る姿を見られたり、犯行現場でウロウロしているところを見られたりしたら、何も考えてない人からしたら犯人としてピッタリの人物だと思うだろ?」


 ナノカがそこに堂々とクレームを放つ。


「そんな何も考えていないなんて……! 人の名誉が関わってる話よ。そんな簡単に喋んないでほしいわ!」


 名誉、か。

 彼女の声が僕の心に響く。僕の名誉は既に地の底に落ちているようなものだけれども。だからと言って、他の人の名誉が汚されてよい理由にはならない。逆に底だからこそ、上にいる人達の輝きを応援しなくては。

 走るのが苦手な人がリレー選手を応援するように。

 考えている間にナノカと理亜で議論が始まっていた。


「で、犯人は成美ちゃんじゃないってことを証明できればいいのかしら……?」

「簡単な話じゃないか。その成美とやらがやったことがおかしいと思えばいい」

「成美ちゃんがやったことがおかしい……? でも、成美ちゃんがボールを蹴っちゃったと考えると……何の話も……って、あっ、結局中の物が壊れてなかったのよね。そこにケチのつけようがあるってこと」

「流石、クレーマー」


 僕が考えていた謎に注目するナノカ達。

 中の物が何故壊れていなかったのか。もう少し慎重に考えればゴールは見えてくるのだろうか。

 長い長いトンネルを皆で駆け抜けているよう。走らなければ、後ろに来る化け物に食われてしまう。そんな中、僕達は謎を解こうとする気持ちだけで真っ先に突っ走る。

 最初に地面を蹴ったのはナノカだ。


「じゃ、物理準備室に何も置いてなかったってことなのかしら」


 しかし、思い切り転んだように思われた。

 それはないと僕が否定する。


「……本はちゃんと崩れてたし……他にも実験器具みたいなものはあったみたいだよ……」

「そうだな。バレーボールのような大きいものが入ったら、どうなるかもう一回正確に考えてみるとしようじゃないか……」


 このままだと怪物に食べられてしまうナノカを僕と理亜が手を引っ張って助けた気分だ。

 理亜の指示で僕達は考えてみる。どう考えても実験器具が常置されている物理準備室で物を落とさないことは不可解だ。

 今度こそナノカは正解らしきものを導いていた。


「ってことは、大きいものじゃなかったら……小さいもので……それでいてバウンドしないものだったら……ガラスを割るだけで済むのよね。で、でもそれだと……」


 そこで矛盾という壁が出現し、こちらを阻んできた。

 ガラスの割れた部分の大きさだ。そこをどうするかと思いきや、理亜が真っ先に持っていたバットをフルスイングしていくように錯覚した。


「大は小を兼ねるんだぞ? 小さいものが何個も飛び込めば、大きい穴になるな……」


 しかし、ナノカはその壁を回り道で攻略しようとしていたのか。違う危険を見つけてしまった。


「小さいものでバウンドしないものよね……それって水筒? 水筒なら近くに置いて……紐を軸にぐるんぐるん回してたら、思い切り紐が飛んで、ガラスにってこともあり得るの……? で、水筒を取ろうと入ろうとしたら、更に窓を割っちゃったみたいな」


 一つの謎を解いても、同じ容疑が城井さんに掛かるみたいだ。

 しかし、理亜はナノカの発言に謎解きとは趣旨の違う疑問を抱いている。


「その発想、まさかやったことがあるのか?」

「な、ないわよ! ないけど……ないけど……でも、何かあり得そうな気がしちゃうのよね……あの子の元気な姿思い出しちゃうと」


 確かに思えば、彼女は最近になるまではかなり活発な部類に入る人間だったと思う。自分みたいなシャドーヒューマンとは違う次元にいるような人だ。

 壁が乗り越えられない。

 ならば、壁の低いところを見つければ良いのでは。そう考えた僕はすぐ違う謎に着眼点を持ってきた。


「あのさ……でも、それだとやっぱおかしいよね……? ボールだったら、残ってたバレーボールを取りに来たとか。まだ証拠を探す余地はあるけど……水筒は現に現場になかったんだし……そこまでやる余裕があったら……後で証拠を回収しになんて来ないんじゃない? 結局は髪の毛が一本二本落ちてたって誰の物か分かんないんだし」


 ナノカがハッとすると同時に理亜が笑みを浮かべて喋り始めた。


「『分かんない』か……なるほどな。回収しに来た際に成美は無罪を主張してたんじゃないか」

「えっ? 理亜ちゃん? どういうこと!?」 

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