Ep.15 転がりゆく謎
ちんぷんかんぷんになる中、大玉の用意がされている。体育委員の和陽を伴って、男子達がえっさほいさと大玉を転がしている。途中、応援している人達の元に大玉が乱入してしまい、大騒ぎになるとのハプニングもあったが。生徒達が何とかグラウンドの方に戻していく。
悲鳴とか酷いことにはなっているが、気にしている場合ではない。
メッセージが残した最後の証人。
野木泰斗先輩に聞き込みをしないと、なのだから。
放送室に来ていた先輩はこちらに手を上げ、挨拶をしてくれた。
「おっ、じょーのすけ! 何処、行ってたんだ?」
「名前わざと間違える癖、まだ直ってないんですね」
「まぁまぁまぁ。それはそうとして、そっちも元気そうで良かった」
「そう見えます?」
「ん?」
まだ何も分かっていない野木先輩は「何だ?」とこちらに顔を近づけてくる。そこに隣で座っていた菰原先輩が怪しい笑みで口を出す。
「あら、鈍いのね」
「いや、君程じゃあ」
「あら……アタシが鈍いって言うのね。分かったわ。表へ出なさい。大玉で潰してやるから」
「ちょっ、ちょちょいのちょい待ち! 落ち着けって!」
久しぶりに見る夫婦漫才のような安心感。彼女は野木先輩の肩を思い切り掴み、倒そうとしている。見た目は大変に見えようが、本当のところは全然違う。二人は二人で絆があるからこそ、こうやって喧嘩ができるのだ。
昨日彼等のことをナノカや榎田さんに話していたのだが。話は話。思い出は思い出の中の存在だ。こうやってまた久々に彼等の姿を見れることでホッとする何かがある。
理亜も放送のマイクを前にクスクスッと笑っている。
再び集結することができた状態だ。今度は野木先輩が何かを起こした犯人でも何でもない。今回はしっかり相談させてもらいたい。
「あの……楽しいところ悪いんですが」
「これが楽しんでるように見えるのかっ……!」
「見えますね。で、お聞きしたいことがあるんですが。野木先輩って、この前物理準備室の窓ガラスが割れたの、見てましたよね?」
菰原先輩は僕が必死で調査中だと知ってのことだろう。一回おふざけをやめ、「ちゃんと聞きなよ」と何事もなかったように野木先輩を椅子に座らせた。
彼は落ち着いて状況を教えてくれた。
「何でそんなことを調べてるのかってことはおいおい聞くとして……。バレーボールで窓ガラスが割れてたようなんだよな……」
「その時って中のもの、どうなってたかって知ってます? 他の人に聞いても、その時にはもう修復している状態で中のものが見れなかったっていうもので……」
一番聞きたいところだ。
中の物が壊れていたのか、それとも壊れていなかったのか。
「中の実験器具は壊れてなかったな……窓のすぐそばにあった机の上にあった本は崩れちゃったみたいだけどなぁ……まぁ、きっと何か事故って割れちゃったんだろうけど……」
中のものが壊れていなかった、と。
バレーボールのようなものがガラスを割る程勢いよく飛んで、中は何もか、と。これは普通なのか、異常なのか。少しずつ分からなくなってくる。
その際、理亜の方が菰原先輩に質問をした。
「そういや、物理準備室のドアって開いてるんですか?」
「ううん、そっちは開いてないかも。どうしてそんな話を聞くの?」
「別に何でもないです」
二人は何気ない会話をしているだけ。
こちらはもう少しで何気ない日常が全て崩れ去る。この大玉転がしが終われば、昼休み。これにて全てが台無しになってしまう。
思い付けと頭の中で念じても、何の謎も解けてはくれない。野木先輩も菰原先輩もただただじっと見つめているだけ。そのうち「じゃ、アタシ達はまた後で来るわね!」と昼食の準備か何かでいなくなってしまう。
助けを求めようにも、もう声は出ない。自分の事情で迷惑を掛けられないとも思ってしまったのだ。
どうしようもない。
自分で真実をここまで焦って見つけようとしたことは初めてではない。あの時も何もかもが分からなくて苦しかった。
その時に何をしたか。理亜を頼ろうとしたものの、彼女は彼女で暗い顔。その状態でマイクで声を出しているから、助けの声も出せない。そんなことしたら全校に僕の情けない声がお届けされてしまう。
ゲームマスターはこれだけの情報で事件が解けると思っているのか。
「……どうするか……どうするか……」
と困ったところで溜息が一つ。
「……やっぱりここで馬鹿やってんのね。ちゃんと放送室で放送しているのかと思えば、理亜ちゃんに全部任せてるってことはないわよね……?」
クレーマーだ。
今は僕が一番恐れているクレーマーがやってきた。
「な、ナノカ……! ナノカ……!?」
彼女が真っ赤な顔で登場。しかもリュックサックをお腹の方につけている形で、だ。すぐにリュックサックを降ろしたかと思うと、微妙な胸元を主張してやってくる。と言っても、水に濡れたブラジャーがまだシャツの下から主張されてるってだけなのだが。それを見ると思い切り蹴られそうになった。
顎寸前でストップする足。
「何か言ったら、顎が粉砕することお忘れなく。ってか、見るな」
「いやいや、ちょっと」
と声を出して、顎を広げた途端、ナノカの足がヒット。
「あっ、ごめん……」
彼女は脅しのつもりだったのだろう。自分でバシンと当たってくるとは思わなかったのだろう。と言っても「ごめん」と言うべきなのはやはり自分だ。
「いや、こっちこそごめん。あんなに濡らしちゃったのは自分だから」
にしても、あれから時間が経っているのにまだ乾いていないのかとの疑問が湧いた。しかし、すぐに答えが出た。
「濡れちゃったのはそれだけじゃなくって……」
「えっ、他に誰か濡らした人が……!?」
まさか僕以外にもナノカに何かやらかそうとしていた人がいたのかと身構える。もしその男がいたら、どうしよう。いいや、もう今回の犯人に仕立て上げてやりたい。そんな対抗意識を燃やしたところで彼女が更なる答えを放った。
「いや、別に悪気はないのよ。にゅーちゃんが手洗おうとして……まぁ、濡れちゃったって感じね」
「何だ……良かった」
「何が?」
「い、いや何でもない……!」
「で、ずっと隠れてたんだけど……グラウンドの隅っこに来ちゃったから……いつもなら追い返してたかもだけど……どうしようもないから、ここに来たって訳……放送室なら……一一応、放送器具で体は隠せるわね」
そんなところで理亜が僕達に何か言いたげだ。
「あのさ……ナノカ、情真」
ナノカは少々汗を掻きながら、待っている。
「な、何?」
「さっきから人が放送中なのに、濡れた濡れたって連呼するな。濡らしたとか濡れたとか今ここで放送する内容じゃないだろ」
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