Ep.13 叩いて蹴られて当たって壊れて

 僕にとっての地獄絵図だ。

 すぐに本日の午前の名目は送球リレー、台風の目、大玉転がしと三つしか残されていない。

 送球リレー。一列に十人の生徒が並び、一番前に立った人がボールをもう持っている。あれをスタートの合図で頭の上から後ろの人に渡していくのだ。そしてボールが後ろの人に行き渡ったら、後ろの人が前に出て今度は股をくぐらせてボールを流していく。

 終わる時間もかなり早い気がする。

 時間も気付けば、十時半を過ぎていてお昼まであまり時間もないと察知させられた。


「おい、ちょっと速すぎじゃ……」


 声を出してみたが、イヤホンの方には返答がない。ハッとして、送球リレーに参加している人を見れど、僕の知っている人はうちのクラスのオカルトマニア、愛原さん位か。彼女は「あまり走らないなら……」と送球リレーの参加を所望していた。彼女の耳にもイヤホンはついていない。当然、他の参加者も。

 答えがないのは競技が始まるから、ではない。単に僕の願いがあまりにも下らなかったから、だろう。

 ゲームマスターからしたら、今回の謎は時間をかけて解く程のものではない。

 こんな推理ができるだけでも一歩前進か。

 かといって、僕は謎が解けた訳でもない。

 今の状況だとガラスを割った犯人が彼女以外にいるとしても、誰なのかが分からない。だからこそ、今は尋ねるしかないのだ。

 ヒントはゲームマスターが出してくれていた。


『三枝飛鳥・星上切・遠藤拳』


 三人の男への聞き込みがまだだ。野木先輩に関しては菰原先輩と同じ立場。きっと菰原先輩が話せなかった時に証言してもらうつもりだったと思われるため省いておく。

 問題は立場の違う三人だ。彼等が自分達の持っているものとは別のものを持っていると考えても良いだろう。

 とのことでエチケット用のスプレーを和陽に貸してもらった後で三枝先輩の方へと走っていく。彼のいる場所は明白だった。何故なら佳苗先輩と一緒にいた時、ほぼ近くで僕を見ていたから、だ。流石はストーカー。近づく男がどんな奴なのか、観察していらっしゃる。

 彼の後ろに立つと、いきなり驚かれた。


「えっ!? わぁ!? わぁああああああああああ!?」


 彼は大きくよろけそうになって芝生のある競技場へと飛び込まんとしていた。彼を驚かした僕も邪魔をした共犯になってしまう。焦って僕は手を取った。本当はナノカの手を握りたい位なのに、何故僕はこんな男の手なんか触っているのだろう。そんな細かい疑問に苛まれながら、彼を落ち着かせた。


「ちょっとちょっと……落ち着いてください」


 邪魔をした共犯になると、間違いなくナノカに軽蔑される。先程も今もまだナノカの姿は見えないが、まだ服を乾かしているのだろうか。悪いことをしたと反省したから再び三枝先輩に向き合った。


「三枝先輩、窓ガラスが割られていた件について話があるんですが……そもそも話を知ってますか?」

「窓ガラス……? ああ」

「知ってるんですか?」

「部活が終わったところで校舎がワイワイ言ってたからな。でも、残念ながら割れガラス自体は見てないんだ」

「えっ……?」

「割れちゃってたみたいだ、な。今回はオレのせいじゃねえぜ……いや、学校のを割ったことあるとかじゃねえんだけど」


 話を聞くところ、どうやら彼は割れた窓ガラスを見ていないらしい。つまり、犯人と会っていてもやってたとは分からない。折角、実行犯を見ていると思ったのに、少々残念だ。

 悔しがるついでに口にする。


「そういうの好きそうじゃないですか?」

「あの……オレのことなんだと思ってんの?」

「ワイワイするの好きな人。事件とかあるとすぐ首を突っ込みそうな人」

「当たらずも遠からず、だな。残念だが……塾に行かないといけなくてな……でも見てはいないが……」


 僕が「ありがとうございます」と手を離して、去ろうとしたところだった。すぐ彼は肩を掴んだ。


「待て待て待て! 見てはいないが、聞いてはいるんだ。事件のことを知りたいんだろ?」

「えっ……?」

「何かの役に立つかもしれないな。あの時、グラウンドにいる陸上部を青空廊下から見ていてな。その時、変な唸り声が聞こえた気がしたんだ」

「う、唸り声……?」


 新たなキーワードが出て悩むことになる僕だが、その後に有益な情報もやってきた。


「唸り声の後にすぐバリンと音が聞こえたんだ」

「ってことはそこにバレーボールが飛んできたってことか」


 彼は僕の見解に不思議そうな顔をした。


「バレーボール?」


 当たり前だ。グラウンドにそんなものが落ちていることはない。そう思いつつ、送球リレーが視界の端にある。持っていたのはバレーボールだ。そうだ。送球リレー専用のボールなんてほとんどない。普通はハンドボールやバレーボールのボールが代用されるのだ。


「あっ、そっか……じゃあ、送球リレーの練習中に誰かが割ったってことか!」


 やっと真相に辿り着いた。意気込む僕に三枝先輩が首を横に振る。


「情真? 送球リレーってボールを投げはしないよな……」

「ん? あっ、そうですね。割れることはないか」

「それに大勢がやったんなら、多くの人がすぐさま走って逃げてくだろ? 慌てて逃げる声なんて聞いてないし、オレが気にしてなくても目立って仕方がないだろ」


 確かに、だ。

 大勢の生徒が逃げ帰ったなんて話は菰原先輩からも聞いていない。

 一番納得できるものとして。送球リレーの練習をした後、たぶんボールはグラウンドに置いたままになっていた。明日の朝使おうとしていたのか、それとも単に片付けるのを忘れたか。

 それを誰かが蹴った。意図的なものはあまり感じない。理亜みたいに完全犯罪を仕掛けるのであれば、人がいない時間を狙うはず。きっと本当に蹴ったものが偶然ガラスに当たったのだと思う。

 城井さんがやったとしても間違いではない、か。あの辺りは確か陸上部が水筒を置くところだったはず。水分補給か、部活終わりの準備に来た彼女がつい、蹴ってしまった。

 考えれば簡単に想像できてしまう。

 ただ、だ。一つ疑念があるとすれば、だ。体育委員として真面目な彼女がバレーボールを蹴るだろうか。サッカーボールは蹴るもの。しかし、バスケやバレーは違う。ボールが壊れやすくなるとかもあるだろうけれども、何よりマナー精神としてやってはいけないことだと思われる。

 そこだけが気になるような。

 歩き始めようとした僕に三枝先輩は告げる。


「ああ、そうそう。さっきバレーボールって言ったのに変な顔をしたのは理由があるんだ。バレーボールが落ちてるのが変ってことじゃなくってな……あっ、変な顔はいつもとか言うなよ」

「言いませんよ」


 ある意味、少し格好いいのはズルいと思う。何故狂った先輩をイケメンに作ったのかとは思う。

 それはともかく、だ。


「さっきも言いそうになったが、オレは窓ガラスを割ったことがある」

「自慢げに言わなくていいですって」

「呆れんな。その時は中のものが壊れたりする音もして大変だったんだが……今回、ガラス以外のもの、部屋の中のものが壊れた音が一切聞こえなかったんだ……物理準備室だったかな……無事だったのか?」 

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