Ep.12 飛ばされた靴
彼女が幾ら焦っていたとしても、長距離走は始まってしまう。一年から三年ごちゃまぜになっている男子千五百メートル走が流れるように動いていき、女子の番が段々と近づいてくる。うちの男子も、先輩達も走っていく。
その中で理亜が走っている、普通そうな男子生徒を指差していた。
「そうそう……このプログラムに書かれている名前の人が走ってるのが分かるか? あそこだ」
息切れてかなり大変そうな様子。かといって、ああいう普通の顔がアニメなどでも主人公を務めそうな、そんな顔。彼の顔には妙に見覚えがある気がする。もっと集中してみようとして、体を前に乗り出していた。
理亜がそんな彼のことを紹介してくれた。
「ナノカの部活に遊びに行った時に話してるはずだぞ。合唱部部長、
「あっ、そういや、前にナノカが星上先輩が……なんたらかんたらって話してたことがあったなぁ」
「奴はかなり頭の切れる相手だ。頼るのもいいかもしれないな」
「何でそんなことが分かるんだ?」
理亜は今度は自身を指差して、自己紹介。
「忘れたか? 私は一応、ここの部長をやらせてもらってるんだ。部長会議で何度か会ってる。そして部費をできる限り、学校から貰おうとしてたんだがな……。合唱部、星上切の行動に邪魔されてな。なかなか計画通りにいかないって訳だ」
「へぇ……」
そう話している僕の横で菰原先輩が「放送部って、お金かかる設備とかあったっけ? 貰うとして何に使うの……?」なんてツッコミを入れている。そこに理亜がまたふざけて「いやぁ、色々今月は物入りでして」と。堂々と横領願望を口にする。末恐ろしい女だと再確認してから、またグラウンドにいる城井さんを観察する。
ついに男子で一番最後の星上先輩がゴールして、今にも女子が出走するところであった。
何だか様子が変だと思うのは僕だけではない。
気付けば、菰原先輩も理亜も察知していた。
「……あの子よね……あっ、走り始めたけど」
「何かあるな……」
他の女子よりも遅めの出走。まるでカートレースゲームでロケットスタートを失敗し、その場でエンストしている車のよう。しかし、走り出さない訳ではない。遅くなりながらも動き始め、すぐに榎田さんを抜いていた。
榎田さんは榎田さんで最初のスタートで調節ができていなかったのか、どんどんとスピードを落としてしまっている。だからと言って、城井さんのスピードが目立っていない訳ではない。
すぐに芦峯さんも抜いて、前の方に行こうとするが。何となく左足を引きずっているかのような感じだ。しまいには左足の靴が脱げていた。取りに戻る時間もないまま、彼女は紅い靴下を露わにして進んでいく。
そこに理亜が僕を見つめた。そしてこちらに疑問を放つ。
「情真、体育祭のために靴下をクラスで作ってたよな。何色だ?」
確かに自分も今日はその靴下を履いてきている。色を確かめて口にした。
「黄緑……」
「何で色が違うんだ……? 赤はうちの色だ……」
何故だと思ったが、すぐ原因は分かった。榎田さんが転んだ際に見えた、黄緑の靴下。どうやら彼女と靴下を取り換えっこしていたらしい。
しかし、疑問が肥大する。何故に取り換えっこなんてしたのだろうか。
仮にも体育委員の彼女。彼女こそ黄緑の靴下を履いて皆を鼓舞しなければならない。何故に紅い靴下を、と。
ただ一つ考えられる答えもあった。
「サイズが合わなかったのか……」
「ん?」
「だからサイズが合わなかったから、榎田さんと交換したのかもしれないな……って思って。サイズが合わない靴下で走れるかってなったら不安だろ? ってことで、たまたまサイズが大きかった榎田さんが交換したとか……榎田さんは同じ白だからね」
「そうか」
なんて理亜が下した判断。何か反論でもされるかとドキドキしていたから、少しだけ安心した。
ただ靴下を交換なんかして万全に整えていたはずなのに城井さんはなかなか赤の組を抜いていない様子。心の中で必死に応援するも、前の女子との距離をなかなか埋められない。コーナーターンもやはり足を引きずっている感じがした。
最終的には他の陸上部である白の女子が先頭の方を走っていたから、こちらに多く得点が入る状況にはなったのだが。
「今のは……やっぱ聞いた方がいいよね」
僕は理亜達に許可を取って、また動き出すことにした。
「情真、何処に行くんだ?」
「いや、こういうのは専門家に聞いてみないとね」
「専門家?」
「陸上部の先輩、椨木佳苗先輩だ」
彼女がいる場所へと急ぐ。応援席でただ茫然としている彼女の姿は僕にとって異様に目立っていたから、話しかけやすい状況ではあった。
たぶん城井さんのこと、だろう。
「佳苗先輩……」
彼女はまたも僕の存在に驚き、隣に倒れそうになっていた。
「んっ!? あっ……ああ、何だ……どうしたのかしら? 何か用?」
「今の城井さん、変じゃなかったですか? 走り方とか」
彼女は怪しげな顔でこちらを見る。
「それはそうだけど……何でそんなにあの子のことを……」
どうやら彼女もゲームの存在を知らないらしい。説明するのも面倒だ。誤魔化そう。
「と、取り敢えず、反省点とかをピックアップできないかなって。それで戦略とか」
「戦略とか何もありはしませんわ! あれはもう今までのフォーム、ガン無視だし……何であんな自己流の走り方をしたのかしら……! ワタクシには意味不明で分かりませんわ!」
陸上部の部長としての怒りというか、強い何かを感じはする。ただそれで彼女を責めるのかと思いきや、違うみたい。
「……でも最近、ほんと、何か違うんですのよね……何が……。ううん、部活は真面目にやってる子だからこそ、辞めちゃわないかとか心配なのよね。クラスで悩みとかあるんですの? あっ、まさか情真、好きだからって意地悪を!」
「な、何故にそこまでくっつくんです!?」
「嘘よ嘘。アンタはナノカにゾッコンって知ってますから」
「それはそれで何故知ってるんです!?」
彼女にナノカのことを話したことがあるかとうんうん悩み込む。確かに佳苗先輩と一緒にトラブルに巻き込まれたことはある。それをナノカと共に解決した。しかし、それと同じ場に理亜もいた。「ナノカが好き」と断言した覚えもないのだが。
「あの子が言ってたのよ……」
「し、城井さんが……? あんま関わってもないのに……?」
「人ってのはあんまり関わっていない人から、意外な評価を受けてるものよ。くれぐれも気を付けなさって……ではごきげんよう」
彼女は何かあるのか、その場から素早く去っていった。まるで僕と共にいるのが気まずいかのよう。汗臭くなってしまったかと自分の臭いを嗅いで、少し悶絶しそうになった。
エチケット用のスプレーを借りられないかと自分のクラスがいる場所へ走った、ちょうどその時。
イヤホンにまた連絡が入った。
『さて結構事件の様子は分かったかな』
奴の狙いはもう分かっている。
「そっちの目的は僕が事件を解くってことなんだな。窓ガラスが割れた事件の真相を暴いてほしいってことだろ? 何でこんな回りくどいことをするんだ。アンタが自分にそのまま事件の詳細を教えてくれればいいだろ?」
『それじゃあ、つまんないじゃないか』
「はっ? つまんないとかじゃなくって」
『それにこのままこうしてても、つまんない。事件の真相を暴いてくれ。そうだな。制限時間は昼休みが始まるまででいいかな。それまでに事件が解けなきゃ、皆がランチを楽しむ中、告白のセリフを楽しむことになると思うよ』
「はっ!? はっ!? えっ!?」
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