Ep.20 推理ショーの最低な下準備
事件の真相を知った僕は動き始める。
やはり事件のことを皆に伝えるためには、集めねばならない。こちらではこそこそ活動をやっているようで推理ショーみたいな表立ったことはできないだろう。途中で教師から「他校生が何故ここに?」と指摘が入って、話の妨害をされる可能性もある。
だからこそ、放課後にアヤコさん達が所属する彗星間高校に来ていた。
ナノカも専属クレーマーの師匠としてやってくるだろう。後はショーの準備をするだけだ。
古戸くんは隣にいる。「ふぅ、この学校は掃除用のロッカーはないから昨日みたいなことはないよな」と一言余計なことを思い返していた。
桃助くんも今、来るとのこと。三葉さんも呼んである。
後はアヤコさんのことを忘れていた。今、ここで人数確認をしてハッと気付いてしまったのだ。もし、彼女が来るとなると一から値札のことについて話さねばなるまい。そのことを知って、「この中にそんな人がいるの?」と少しでも疑って傷付くとなるのは避けたい。古戸くんと桃助くんは成り行きで値札のことを知ってしまっただろうが、もうそれについては仕方がない。問題はアヤコさんだ。
何かアヤコさんを遠ざける方法はないだろうか。古戸くんが「あっ、そろそろアヤコさんが来る頃だ」と言うものだから、更に焦る。
パソコン室でゴキブリ退治用の燻煙材でも巻くか。いや、そんなことをしたら推理ショーどころではない。もっと何か理由を付けて、アヤコさんを外に行かせられるもの。少しでも疑問を持たれたら、ダメだ。
鞄の中を探して、あるものを見つけた。
そういや、理亜が古戸くんに読ませろって言ってたはずだ。これなら、使えるかもしれない。
「古戸くん! これ、読んでくれない!?」
「えっ、何これ!?」
少し賭けにもなるが、やってみるしかない。時間がない今、アヤコさんを守るために使えるたった一つの最低な手段。
「放送部で使う用のボイストレーニングの奴だよ! これを読むことで自分が持っている今の恥を飛ばすんだ!」
「お、オッケー!」
彼は僕が手渡した原稿用紙を遠慮なく読み始めた。パソコン室の中には理亜が執筆した官能小説の内容が響いていく。
外に響き渡ると問題だからと一応、声のトーンは落とさせておいた。
「ちょっと、小さめでもいいよ」
「あっ、うん……で、この少女は相手の男を寝取った感覚がたまらずに……」
断られることはないと信じていた。先日。アヤコさんと初めて会った日の朝、古戸くんは少々俗なことを聞いてくる女子の話を「よく分からなかった」と発言したのだ。つまり、彼は純粋だ。
彼には悪いが、今は生で聞きたくもない卑猥な単語を喋ってもらおう。
アヤコさんが入って来ようとしていた。
「で、おーいって……えっ?」
アヤコさんがここにいられないと思ってくれる可能性に賭けるだけだ。淫乱な言葉を炸裂させる古戸くんの代わりに呆気に取られているアヤコさんへ説明しておく。
「ちょっ、ちょっと、彼は練習してるんだ。歌い手になるためにはこういう恥ずかしいのも喋れるようにならないとって話でね! 夢のために……」
「……それなら、あたしも見てあげた方が」
中に入ってくるつもりだ。しかし、このままだと今からの推理ショーができない。だからと言って後で推理をすることにしたら、古戸くんの疑念を長引かせることになる。それで夢への特訓にも影響が出たとしたら、と思ったのだ。
対面で推理ショーができる気もしない。
だから、アヤコさんには悪いがここは小さな声で学校の外にいてもらおう。必死に頭を回して、アヤコさんに「何かあるんだな」と疑われないような言葉選びをしていく。
「いや、女子と一緒にいられると照れちゃって困るんだってさ。この内容を書いた女子達に聞いてもらうまではちょっと他の女子に……」
「その女子って誰?」
「ナノカと三葉さん、そして桃助くんも協力してくれたかな」
ごめん。古戸くんの「官能朗読家」に加え、ナノカと三葉にも「官能小説家」という称号を与えてしまった。
本当に申し訳ない。
「そうなんだ……っていつの間に、国立さん、三葉ちゃんと仲良くなってたの……羨ましいなぁって言っても、官能小説仲間か……ううん、これはあたしには不適合かな。そういうのは得意じゃないから」
「うん。偶然三人共気が合ったってだけだからね」
「仕方ないなぁ。他の部屋でやる訳にもいかないよね。音楽室とか吹奏楽部に聞かれちゃうし、教室でそれをやるのもどうって思うし……」
「そうそうそう。後で来ていいってなったらメール送るみたいだから、ちょっとね。本当ごめん!」
「じゃ、また後でね」
アヤコさんがパソコン室の扉を開けたまま、消えていった。そこまでは良かったのだが。どごごごとゲームのボスが何処からか、現れるような音が聞こえて気がした。
今の今まで官能小説を朗読させられていた古戸くんがふと、こちらの異変に気付く。
「ん? どうしたの?」
「いや、何か変な音が聞こえなかった? 地響きと言うか……?」
「やだな。幻聴でも聞こえてんのかよ? おれは何も聞こえなかったけど」
それはまぁ、あれだけ小説の朗読に夢中になっていれば聞こえるはずがない。感じるはずもない。僕の真後ろにいる殺意の塊も。
「ちょっと……何で放課後にこんな場所で古戸くんに変なものを読ませてんのよ!? アンタ女性にそういうの読ませるんじゃ飽き足らず、そっちにも手を出すとは……!」
「色々誤解があるから、ね。ちょっと待って。待って。ね、ナノカ。その説明は後にしよう」
取り敢えず、アヤコさんとのやり取りは聞こえていなかったらしい。そこを幸せと感じておき、後ろの廊下に立っている桃助くんと三葉さんの姿も確認した。
「で、アヤコっち以外を集めて何を……? アヤコっち呼んだ方が」
「それはしなくてもいいよあ。今回はわざとアヤコさんには外してもらったから」
桃助くんの話を終わらせた後に三葉さんから質問が来た。
「でアンタが呼んだってことは、あのことで……ここにいる皆には判明してるみたいだが……値札のことが分かったってことか?」
話が早い質問に僕は頷いた。ナノカのクレームもなく、お墨付きの推理だ。間違うはずもない。
「そうだよ。外に話が出るとややこしいことになりそうだから、一旦、扉は閉めて。今から値札のことについて、誰がやったのか、何の目的でやったのか、そこに至る動機は何なのかを説明しようと思うよ」
ナノカの方も落ち着いて、こちらの横に立った。手伝ってくれるつもりのようだ。ありがたいと思いながら三葉さんの反論を聞いていた。
「ってか、何で犯人がここにいないんだよ……もしかして犯人はこの中にいるってことか……?」
ちょうど良い発言が来た。ただ僕の口がうまく動いてくれない。恐ろしさに動揺してしまっているらしい。代わりにナノカの方を見て、話をお願いする。
「……情真くん……! さっきまでとんでもないことやってたみたいなんだから。バカやってんなら、バカやった勢いで頑張りなさいよ。まぁ、いいわ。いるってことね」
「何だと……この中に夢のことを踏みにじる奴がいるとでも言うのかっ!?」
三葉さんの激高に対し、ナノカが今度は冷静に向き合った。前回のように感情だけで戦うナノカではなかった。
「値札の意味。それは全然違うものなの。この中に犯人はいる。だけれども、心配しなくても大丈夫。ほら、情真くん、あの証拠を出しなさいよ!」
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