Ep.19 一言に宿る力
次にナノカは首を捻らせると見た。当たり前だ。
「でも、何でこんなことを……こんなことを……するの?」
結局、動機に詰まる訳だ。
しかしネガティブになっている必要もない。今、新たな発見をしたことで犯人の動機に迫りやすくなっているのだろう。
「分からないけど……」
僕が考えてみようと言ったところでナノカは別の場所に視線を向けていた。まぁ、気にならない方が無理になる。昨日窓ガラスが割れた場所は事件のことに集中しようとしても目がそちらに動いてしまう。
ナノカは僕に謝りつつ、ぼやいていた。
「ああ、ごめん。事件を解いてる途中でよそ見してたわ。どうしても気になっちゃって」
「仕方ないよ。あれはね……」
毎度、一人で環境にクレームを入れようとする彼女。いつものことだと思っていた。
「情真くん、割れ窓理論が心配だわ」
「ん? 理論? 割れ窓の論理? えっ、難しい話は少しも分かんないよ?」
「まぁ、そんな頭を悩ます必要でもないわよ。簡単な話。ワタシの両親が警察官だってことは知ってるでしょ?」
「正義感が強いのもそれが理由だよね」
「言ってみれば、そうね。まぁ、そんなうちの親が言うのよね。窓ガラスが割れたまま放っておくと、犯罪者にとってはそこは誰も注意を払ってないってことになって、いいかもになるのよ。他の窓までもがどんどん割れていって治安が悪くなってくって。この教室も危ないことになんないといいけど」
「ってことは……逆に環境を綺麗にしとけば、綺麗なままでいられるって訳だよね」
「ザッツライト!」
何だか最後のナノカの顔が晴れ晴れしい。すんなり理解したことに対し、達成感のようなものがあるのだろうか。とても素敵な笑顔に見とれる寸前のこと。頭に今の理論が流れ込んできた。
事件の謎と混ざっていく。
「あっ……ああ! そっか! ああっ! でも、何でそんなことをしようと……」
また謎が生まれた。
犯人は「割れ窓理論」を利用としていたのだ。そこまでは頭の中で整理できたのだが。何故、利用しようとしたのか。
悪意があったのか、なかったのか。
「何よっ!? 何か一人で悩んでないで教えなさいよー! おーい! 情真くん! ワタシを仲間外れにするなー!」
一気だった。
謎が解ける瞬間は日常の何気ない一言が呼び寄せる。ドーパミンなるものが頭の中で分泌されるためか、変な顔になっていく。それを見たせいか、少しナノカに引かれている気がする。今、「やっぱ仲間外れでいいわ」とか毒を吐かれたのは幻聴か。
そんなナノカを逃がしはしない。一応、表情を元に戻して伝えていく。
「ナノカ! 何だろ?」
「何だろってこっちが聞きたいことなんだけど。どうしたのよ。バカみたいに騒ぎ出して」
「ごめん。ええと、言葉が出てこなかった。自分が何か仲間外れにされてるって思う時ってどういう時?」
「いや、今でしょ。アンタが一人で勝手に謎解けたって顔して。何も教えてくれなきゃ、困るわよ」
「それ以外に……ないかな?」
ナノカの方が今度は顔を歪ませている。いきなり質問で困らせてしまったらしい。彼女を置いてきぼり、いや、僕の中にいる僕すらも放置プレイされている状態だ。
頭の中で今回の事件について全て把握しつつも、本当の自分は分かっていない。たぶん、ぼーっとしてたら全て飛んでいく。
ノートに推理したものをメモしていくしかない。ナノカもよく覚える時はこれを使えと言っている。
それを覗くナノカが「なるほど」と。何だかとっても嬉しい。ナノカが僕の推理を理解してくれたことが。そしてクレームを入れなかったことが。
と言うよりは今、入ってきた12HRの生徒達に冷たい視線を浴びせられ、早々立ち去ることになって……喋っている暇がなかったのだ。
廊下に出たところでちょうど、古戸くんとばったり遭遇。
「おはよー。昨日は散々だったね……で……どうしたの? 朝から二人共……」
ナノカは恥ずかしさのあまり混乱しているのか、喋らない。顔に手を当てているだけ。片手には箒を持っていることもあり、更に居心地の悪さが襲ってきているのだろう。
謎を解いたことで気分が高調しているがために冷たい視線も気にしなかった僕が言葉を紡いでいく。
「いや、ちょっと調査を、ね」
「朝からお疲れ様。ううん、値札のことか……おれは誰が犯人でもないと思いたいけど」
犯人との話題が出て、ふと思い出した。犯人はあの人かもしれない。今までの言動からしても怪しく思えてきた。
そこにあの人の行動を思い返す。
僕だったら、どんな風に思うのか。捻くれた発想だからこそ、謎が解けていくのかもしれない。それなら、更に最悪な展開を。結末を。想像して、犯人が恐れていたことを暴き出す。
あの人だけではない。事件に関する全ての情報を、今。
『ごめんね。三葉ちゃん、ぶっきらぼうなんだけど、意外と人見知りで、人と話すのが苦手なのよ。だから、ああ言う変な言葉遣いになっちゃうし……』
『でも、勘違いはしないで。彼女がこうなったのは、ネットで色々言われちゃったから、なんだよね。二次元の何がいい……二次元の絵なんて、描く必要がない。空想の物語の絵なんて描いてないで、勉強しろって』
『だから、お前達がその時にいて、貼っていったと思ったが、違うんだな。他に思い当たる奴は……いねぇなぁ。顧問か……他に誰か入ったのか?』
『そんな暇ないし。みんな、ボクより真面目だし。きっと犯人は別に深い意味もなく……ね』
四人の発言、そして行動を思い返す。
動機のことに関しても、犯人自身が抱いていた恐怖も見えてくる。
どうすれば良いのか。どうすれば、サークルにとって平和な未来を呼び寄せることができるのか。
何が原因でこんな事件が起きたのか。
確かめる術は一つ。
「古戸くん。お願いしたいことがあるんだけど、今日のサークルに桃助くんと三葉さんがすぐに来るよう言ってもらっていい?」
「わ、分かったよ。事件の調査でもするのかな……? あっ、でもそうするとアヤコさんには……なんて……」
「まぁ、いいからいいから。お願い。後さ、もう一つ。見せてほしいものがあるんだけど」
「えっ、何々?」
「スマートフォンを今ちょっとだけ、貸してほしいんだ。それでたぶん、全ての謎が解けると思うから」
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