Ep.18 優雅なる心理戦

 放送室にいた理亜はぐっすり寝ていた。下手に起こすのも失礼かと僕は学校を後にした。

 家に帰宅してから一応、理亜にも連絡だ。二度目の事件が起きてしまった以上、彼女にも情報提供しておかなければ。後でうるさくなる。


「『理亜、第二の事件が起きました。学校のロッカーの中で611円の値札が見つかった』と」


 メッセージアプリでこのように残しておけば、問題ない。そう思い、ベッドに寝転んだ最中、通知が来た。まるでずっとこちらのメッセージをアプリを見ながら待っていたかのような速さだ。


『ほぉ……で、前と値札は一緒なのか?』


 値札のことを思い返す。あの値札は手掛かりになるかもと僕が所持しているから、すぐ確認はできた。

 手描きではなく、パソコンなどで印字されただろう数字だ。材質も同じ紙だと思う。


『ああ、ちょっと写真で送っとくよ』


 値札を撮った写真を添付して送信。ただ理亜はその写真に写り込んだものの方に興味を示していた。


『おっ、エロ漫画』


 ベッドの上に置いた漫画だ。指摘されてからしまった、と何度も後悔。ただエロと言うよりは未成年でも買える青年漫画と称した方があっているのかもしれない。中を見るまではそこまでアダルトな表現があるとは思ってなかったのだし。


『何、注目してんだよ。ってか、理亜は理亜でよくこの漫画がそういうのだって。読んだことあるのか?』

『まぁ、ネットで多少な』

『で、事件の話に戻ろう。話が逸れる前に』

『いや、全く逸れてないぞ』

「はっ?」


 相手に声が届かないのにも関わらず、「えっ?」と驚きの表現を伝えようとしていた。理亜からすぐに不思議な発言の意図がメッセージとして送れらてきた。


『いや、だって、エロ系青年漫画だってそうだ。こうやって、健全そうな表紙で隠すんだよ。PTAの検閲にバレないようにな』

『だから、何だって話だけど……それが事件とどう関係するのさ』

『考えてみろ。一つ進展じゃないか。機械で印刷したってことは自身の筆跡でバレたくなかった訳だ。犯人はパソコンの字にすることによって、自分の存在を隠したかった。自身の罪を自分のせいだと思われたくなかった』

『……それってミステリーの基本じゃない? 犯人が特定できる訳じゃないし』

『まぁ、言われりゃあ、そうだな』


 何だか期待してしまった自分が変だった気がする。彼女でも分かる訳がないのだ。値札に書かれている数字の意味も、ね。


『それよりも値札にあるメッセージのことを考えた方が早く謎が解けるんじゃないのか?』

『あっ、そうだ。一体、その値札が落ちてた場所って』


 とまで来てギクッとした。ロッカーの中でナノカ達と色々ありましたとは言えない。仮に口を滑らしたとしたら、地獄のようなからかいが始まってしまう。からかい上手の間崎さんどころではない。からかい殺しの間崎さん、だ。

 誤魔化して、伝えておく。


『ロッカーの中だよ。12HRで箒が置きっぱなしになってたから。片付けた時に』

『それは本当か?』

『本当だよ……』


 バレるな、バレるなと祈っておく。しかし、無慈悲にも彼女は告げる。


『ふぅん。12HRの前に箒が落ちたままになってたんだが』

「えっ!? あの後、誰も片付けてなかったの!?」


 相手にも聞こえていないのに大声を。下から母さんが「情真、何かあったのー!?」との声。「何でもない何でもない! 何もなかったから! 起こらなかったから!」と必死に叫んでから、理亜の返信を読んでいく。


『やっぱり、嘘だな。その箒の分、誰かが入ってたんじゃないか? もしかして』

『何で理亜はそこまで分かるんだよ……』

『まぁ、片付けてなかったってのは、教室の中にガラスのひびが入ってって騒ぎになってたからな』

『あちゃあ、あの後見つかったのか』

『情真がやったのか?』

『違う違う! それはやってない!』

『違うことはやったと』


 だいたいバレた。完全にバレた。


『……何処から分かってたの?』

『ロッカーで見つかったと犯人が特定できる訳じゃないって情真が言ってたからだな。普通こっちの学校で見つかったら、犯人は二人しかいなくなるだろ』

『ああ、メッセージアプリでも失言するとは……』

『まぁ、そこは気にするな。ロッカーの中で誰かにくっ付いてたんだよな』


 仕方ない。開き直って対応するしかない。


『古戸くんの足元に、ね。だから、何なの?』

『ロッカー、窓、箒、塵取り、机、黒板』


 からかってくるのかと思いきや、突然メッセージが消えた。いきなり何か。その言葉の中に何があるのかとすぐに気になった僕。

 もしかして、と調査。

 「13710円」、「611円」の言葉の意味に込められたものが少しずつ見えてくる。

 ただ、完全にスッキリはしない。何故犯人がこのような凶行に走ったのか、全く理由が見えてこない。

 もしかしたら、派手な密室ミステリーよりとうに理解しがたいものが眠っているのかもしれないのだが。

 怯えている場合ではない。

 人の夢を歪んだものではないのか、と一度疑ってしまった自分の償いをしなければ。謎は必ず解いてみせるから。

 決意した瞬間、邪魔が入る。


『なぁ、情真! で、ロッカーの中で何があったか話を聞かせてもらおうじゃないか! 後々、官能小説の方も古戸にも読ませておけ。絶対に隠すなよ』

『何で理亜はエロ本を隠そうとしないんだよ……』


 翌朝、早速家を飛び出した。

 誰よりも早く自身の11HRではなく、窓が段ボールで一時修復されている12HRの方へと入っていく。

 もし僕の考え通りであれば、何かあるはず。そう思い、辺りを見回してみる。そんな僕に対し、何かが近づいてくる。


「ちょっと! そこで何をしてるの!?」


 何か、と思って振り返ると、僕に箒が降りかかってくる。急いで真剣白刃止め。そこでナノカが威嚇の表情から緩やかなものへと戻す。胸を抑えているところからすると……。たぶん、彼女は僕を不審者か何かの類と勘違いしたのだろう。


「ナノカ……」

「あっ、ごめんね。まさか、アンタがこんな早く来てるなんて思わなかったし。教室の中でごそごそしてるとは夢にも……。てっきり……で、現場調査でもしてるの? で、こんなところで手掛かりなんて」

「あるかも……だから……あんま目立たないところに手掛かりってありそうじゃない?」


 普通に床を探しているだけでは見当たらない。

 その時、理亜の言葉が蘇る。調べる方針を決めることができてしまった。犯人は筆跡を隠している。殺人や誘拐など大きな犯罪をやらかしている訳でもにないのにかかわらず、異常に自分の手掛かりへ繋がることを恐れている。

 つまるところ、手掛かりは容疑者の近くに置かれていない。その中で問題ないと言われそうな場所。

 本棚だ。


「情真くん……本が読みたいなら、誰か来たらお願いして」


 いや、本を読んでいる訳ではない。僕や理亜の発見が当たっているかどうかを確かめるだけだ。

 本からひょろり落ちたものにナノカが固まった。


「えっ、これって……? これって……!?」

「今のでナノカも分かったよね。犯人が残したメッセージの意味」

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