Ep.17 例え無理だと言われても
不思議なものを見たせいか、頭が勢いよく動き出す。
611円の値札に何が籠められているのか。6の数字には、「む」の意味がある。後、11の文字はある文字に見せる。「り」に。つまるところ、「むり」だ。
夢に対して、叶えられるのは「無理」と伝えたがっているのだろうか。
何故「無理」なんて言えるのかが分からない。頑張っている人に対して、何故平気でそこまで傷付けるか。
夢を無意味だと思っていた僕がふと思った彼女達の姿。それにナノカの言葉が浮かぶ。夢があることで人は目標への成功体験を覚える。それが武器となって、どんな未来でも戦えるようになる。
それを知らずに「意味がない」のはおかしい。
「無理」と言って、夢を叶える努力を最初から否定するのも変だ。
確かに作曲家、歌い手、ゲーム実況者、イラストレーター。何の夢であっても、なれるのは一握り。僕もそんな夢など見ても、ダメだと思っていた。だけれども、違う。そのためにやってきた一つ一つの経験が自身を成長させてくれる。それが最後、叶わぬ夢だとしても。
最初からダメと言って、夢に対する努力を嘲笑うのは間違っている。
今になって心の中にナノカの言葉が響いている。昨日の説教が僕を熱くしていく。そんな僕よりもヒートアップしたのが、ナノカだった。
歯ぎしりしている。血眼になって、美少女だとは思えないような怒りを顔に浮かべていた。
そんな中、外で聞こえてきた教師と桃助くんのやり取りがあった。
「さて、今日はこれ位でいいか」
「ありがとうございまーす!」
教師が出ていったのを確認してからか。完全に足音が消えたところでナノカが勢いよくロッカーのドアを叩き、開いた。轟音が響いたことにより、教師にバレるかヒヤヒヤものではあったものの。どうやら教師は桃助くんへの補習に疲れたのか、飛んでは来なかった。
来た方がまだナノカの怒りも治まっていたのかもしれない。今、彼女が暴走する。
「何よ!? 一体、何がしたいって言うのよ!? この値札は何の意味があるのよ!? メッセージを送るなら、ちゃんと言葉で伝えなさい。そうもせず、こそこそこそこそと卑怯極まりないわ! 誰よ!? 誰がやってるの!?」
桃助くんはその迫力に「たまげた……なぁ」と言っている。一方、古戸くんは自分のスリッパから出てきたことに対し、目を回して困惑中。
僕は彼女を止める術を知らない。だから、「一旦落ち着いて」と言って時間が解決することを期待した。彼女が怒っている間に古戸くんへ聞いておかなければ。
犯人の手掛かりについて。
「古戸くん、それ……何処で付けたのか、覚えてないの?」
「おれのスリッパか……一体、何が起こってるんだよ? 値札って? 何か知らないの、おれだけ?」
ここまで見てしまったものは隠せまい。古戸くんに対しても、値札を伝えておく。傷付けまいと頑張ってくれている三葉さんの努力を踏みにじっている気がして、非常に申し訳ないのだが。そうしないと謎は解けないとも思ってしまう。
いや、こうなったら必ず解く。犯人を見つけ上げるしかないのだ。それが、僕なりの責任。
成り行きを全て教えた後でもう一度、問い掛けた。
「で、どう? スリッパは……この学校でしか?」
もし、そうと答えてくれば犯人は絞れた。嫌な事実ではあるものの、古戸くんか、桃助くんのどちらかと言うことになる。後は古戸くんが嘘を付き、犯人を庇う場合もあるけれど。その場合はナノカが強制的に自白させられるかもしれない。だから少しなりとも手掛かりになるはずだ。はず、だった。
「いや……昨日、履いてった。いつも、あっちの学校に入る時は持ってってるんだ」
「でもそれって、スリッパの裏とか見ないの? 袋に入れる時とか」
「ごめんな。入れた時はちょっと考え事してたからさ。夢のことについて、ね」
一回、三葉さんが容疑者から外れてくれるかもと期待したのだが。違った。やはり、彼女が依然として怪しいのは変わらない。
悩む僕達の元に桃助くんが突然、言葉を挟んできた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。これに何の意味があるの? 誠っちも頭を柔らかくしてよ」
「桃助は何か考えがあるのか?」
「611円の値札。語呂合わせになると、『むひひ』になるでしょ? 単なる笑い声じゃないかなぁ?」
古戸くんも、やっと鎮火したナノカも首を傾げた。そりゃあ、そうだ。何故、そんな語呂合わせの変なメッセージを作るためだけに値札を用意したのか。それであったら、暗号にせずとも値札にせずとも違う方法で伝えられる。
ううむ、全く分からない。
誹謗中傷に関してもそうではないか。一方的に誹謗中傷だと感じて怒っているから、冷静になれない。真実を見逃してしまっているのではないか。
それとも解釈の仕方がまた違っているのだろうか。
ナノカは目を閉じて、黙って考えている。しかし、桃助くんが邪魔をした。
「そ、それよりも大変だったね。で、どうだった? ロッカーに三人で入った感想は?」
古戸くんが少し顔を青くしてちょっと……やめとけ」と言っても、聞きはしない。まだクレーマーの恐ろしさが分かっていない様子。僕も「何も言わない方が」と言おうとするも、素早く言葉を発しているため、止められない。
「まぁまぁ。誠っち、情真っち、ナノカっち、他の人には秘密にするからさ」
そこでダメだった。番犬から一本ずつ歯を抜く危機一髪ゲームだったら、桃助君は思い切りはずれを引いてしまっていた。相当騒がしかったのである。
「あのね……!? 何を今、話してんのよ!? ってか、そうなったのは桃助くんのせいでしょうが! 調子に乗ってると、張り倒すわよ!」
「ひぇえええええええ!」
今度は怒りが自身にぶつけられ、ガクブル状態の桃助くん。彼はその場に正座して、「ごめんなさいごめんなさい。いつも調子に乗っちゃうんです。悪いことだとは分かってるんです」を連発していた。反省はしているみたいだと、彼女もそれ以上は何も言わなかった。
だからこそ、最後の言葉が酷く印象に残った。「張り倒すわよ」。
張り倒す……?
待て。
今の言葉をヒントに考えると、犯人はアイツってことになる。アイツで間違っているのか。いや、アイツには動機が全くない。今までの調査こそが彼の無実を証明している位だ。
こちらの考えが全く違っているのだろう。推測をやめた後は何の進展もなく、何の謎も解けずに今日が終わってしまった。
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