Ep.16 素敵だから疑う?

 このまま時が過ぎるのをじっと待つ。なんて僕にはできそうもなかった。ナノカは少々嫌な顔をするかもしれないが、ある選択をする。

 ちょんちょんと古戸くんの持っていたスマートフォンを触る。かなり近くに教師がいるから声でバレないようにと口の前に指を当てておく。

 それから礼をしてから、スマートフォンを奪わせてもらった。一旦スマートフォンがマナーモードになっているかを確認する。それからメモ帳のアプリがちょうどあったから、それを利用させてもらうことにする。

 古戸くんが意味が分からず、固まっている間に入力作業を終わらせていった。


『古戸くん、喋るとバレるからこれで会話しよう。ちょっと聞きたいことがあったんだ』


 ナノカの方は「ちょ」と言いかけて、口に手を当てた。たぶん続きは「ちょっと、こんなところで話を始める気!?」とかと言ってきたかったのだろうが。仕方ないではないか。理亜が待っている以上、ロッカーから出た後、つまり桃助くんの補修が終わった後で聞き込みを始める訳にはいかない。今ここでやっておくべきだ。それに、だ。


『ナノカも何かやることがあった方が落ち着くだろ』


 そう示したことに彼女も賛成したのか、異議を申し立てるような様子はなかった。後は何か発言したいことがある人がスマートフォンを持っていくと言う決まりを作って、質問が始まった。

 古戸くんがまず、最初に僕からスマートフォンを取り戻す。


『で、何を聞きたいの?』


 そこでナノカがスマートフォンを貸してもらう形となった。


『やらないといけないのよね。仕方ないわね。本当はこう言うのあれなのよ! 本当!』


 長ったらしい前置きに「それはいらないなぁ」と思っていたら、続きの文面を見せられた。古戸くんへの質問だ。


『で、ごめんね。クレーマーとして夢を追う会のサポートをするために聞いておきたいことがあるのよ。まず、結成してからどれ位経過したのかなぁって思って』


 まずはサークルに入りたてでこの活動に意味があると思っていない人がいるかも、と。今の質問に答えてくれれば、新たな手掛かりを見つけることができるかもしれない。

 古戸くんは全てを覚えているようでスマートフォンを手にした途端、素早いスピードで文字を入力する。


『SNSで今年の三月、まだ中学生の時にアヤコさんと出会って、それで今年の四月の後半に学校が近いのなら一緒に活動しないか? ってなって。ただ二人だけだと、まだモチベーションも上がるか分からないから、一緒に夢を追ってる友達がいたら……ってなって。五月の初めにおれが桃助を。五月の終わり頃にアヤコさんが三葉さんを、連れて来たんだよ』


 ここで一番怪しくなるのは三葉さんか。

 彼女が一番浅く、サークルの恩恵を受けられていない。だから意味がないと言ったのか。彼女の絵は誰が見ても巧い。だから別に他の人が自分の夢を追う姿に対して何を言おうと、効果はない、と。

 待て。僕は何を考えてる。今考えているのは誹謗中傷している人達と何の変わりもないではないか。「お高く止まりやがって。どうせ、人の夢なんて」と言ってる奴等と同じ。

 自身の考えに腹が立った。たぶん、今ロッカーの中でなかったら思い切り壁を叩いていたことだろう。


「うっ……」


 静かにしないといけなくとも嗚咽おえつが出てしまう。突如、こちらの言葉に関して彼女が眉をひそめた。限りなく小さな声で話し掛けてきた。


「ちょっとちょっと、大丈夫……? 体調がいきなり悪くなったとか?」


 何だか申し訳ない。大きい声を出さないでとか、こちらに近寄らないでとかの言葉ではないことに。ナノカが本気で心配してくれたことに。


「いや……何でもない。続けよ」


 一瞬、「ん?」と教師がこちら側に注目したような気もした。ロッカーからは良く見えないが視線を向けられたような、そんな感じ。そこで桃助くんが「あっ、ちょっ、分かりませーん!」と注意を引いてくれたものだから、何とかなる。

 ヒヤヒヤする中、今度は僕が古戸くんからスマートフォンを受け取り、質問だ。


『ごめん。で、じゃあ、どんな効果が出てるの? その、サークルで』


 そこにも応じていく古戸くん。またもあの人が怪しいと浮かび上がる。


『おれに関してはやっぱ、巧くなった気もするし。ネットの出し方とかの細かいことはアヤコさんが。あっ、時々三葉さんもこう言うのがって、絵師だからかな。凄い詳しく教えてくれた。で、アヤコさんも人気の上げ方とか歌詞の作り方とか、歌いやすいものとか、逆にどんなものが歌いにくいとか、おれに聞いてたな。で桃助の方はおれと一緒にゲームをやって、かなり巧くなったぞ。ゲームでもランキングに』


 長々と綴られていく文面。

 古戸くんもネットに関する自分の出し方、宣伝の仕方を色々と学ぶことができた。

 アヤコさんも男の歌い方などなど、歌い手側の意見を男子から。サムネをどうすればいいかなどの相談を三葉さんにしてもらったとのこと。

 で、桃助くんの方は、ゲーム実況者ならばうまくならなくてはいけない。下手なプレイでも話が面白ければいいとの考え方もあるが。桃助くんは納得がいかず、古戸くんに教えてもらうことによって、ゲームのランキングに乗ることができたと言う。だいぶ成長していく形だ。

 しかし、一人。

 三葉さんの話題はほとんど上がらなかった。彼女はまだ入ったばかりで何枚か絵を作っては見せてから帰っていくとのこと。感想はノートなどで伝え合ってはいるらしいが。

 となると、この中で活動に意味を持っていないのが三葉さんと言うことになるのではないか。

 いや、何で。何で頑張って絵を描いているって人が……。

 まず、おかしいではないか。

 三葉さんはまだ三人に事情を話していない様子だった。もし、値札を作ったのが「このサークルは意味がない」と抗議するためだったとしたら。普通は部外者の僕でなくて、他のメンバーに伝えるはずだ。

 何故、それをしなかったのか。

 今はこの考えだけが三葉さんが犯人ではないと言える状況的証拠だった。彼女が犯人でないと言えない、この感情が本当に嫌で嫌で仕方がない。気持ちが悪くなりそうだ。

 そんな中、新たな反応があった。今も尚、スマートフォンを持っている古戸くんがある行動の許可を取ってきたのである。それも今の悩みが吹き飛ぶような凄まじい顔で。


『こんな時にごめん。足がかゆい……蚊が飛び始めたからかな……ちょっと狭くなるかもだけど、いていい?』


 ここで痒い痒いと暴れられても困る。少しの我慢で彼が落ち着くのならばと僕とナノカは頷いて、容認した。それでナノカに触れられるのなら、僕も後で痒いと言おうかな。いや、後でバレた時に潰されるか。

 一旦、彼が足を掻く間に変なことを考えた。その隙にひらり、何かが落ちる。屈めないこの状況では、それが何か分からない。ただ気になった彼女がスマートフォンを借りて、明かりを見せる。

 そこでハッと息が詰まる。

 値札が足元に。


『611円』

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