Ep.7 頭のねじが飛んだ人
同じ「夢を追う会」所属の古戸くんが混乱するのも無理はない。自分も夢を壊される対象に入っていたのだから。その際、彼は彼女の肩に触れていた。
「えっ? えっ? 僕……!? えっ!? ええんっ!? 何をっ!? 何を言うの?」
ナノカも「何で」とのこと。僕も黙って、ただ真剣なアヤコさんを見ていることしかできなかった。
ただ、その場で答えが話されることはない。理由としては簡単。彼女がお手洗いに行きたがったから。
「あっ、ごめん。先にトイレに行かせてもらってもいいかな」
彼女は苦笑いで古戸くんから離れ、「ごめんね」との一言。それから彼に指示をした。
「じゃあ、誠くん、四階のパソコン室まで連れてってあげて」
「了解! あっ、鍵は」
「靴箱のところに隠してあるから、取っていって」
「分かったよ!」
彼女は全速力で行ってしまった。相当我慢していたのだろう。
そして、僕は僕でやらなければならないことを思い出した。そう、鍵と言われて。尻ポケットを擦ってみるも、ない。鞄の入れそうなところにもない。
だから、確信した。
「あっ、自転車の鍵、持ってくるの忘れてた……」
ナノカが言うことはもう分かってる。
「盗まれないうちに」
「取ってきなってことでしょ?」
「そうよ! 分かってるなら、急ぎなさい! 四階で待ってるから」
「はぁい!」と言って、駐輪場の方へとせっせと走る僕。しかし、そこの自転車に鍵は付いていなかった。
どうしよう。これ、ナノカにないって言ったら、酷く怒られるかな。一応探してはくれそうだけれど、滅茶苦茶言われるに違いない。
何度も自転車に汗を垂らしていく。どんどん錆びていきそうだ。
「ええっ……ちょっと……! 間違いなく、取ってないんだけど!」
鞄の中を確かめるも何もない。
まさか、盗まれたとか? いやいや、勝手に学校へ入って人を疑うのはダメだ。まずは自分がどうやって手を動かしたかを思い返すのだ。
ダメだ。
自分の行動すらナノカのインパクトが強すぎて忘れてしまっている。
もう、諦めるべきか。人に協力してもらうかとなった時。
「ないと困るんなら、ちゃんと取っておけよ。ほら、鍵だ」
すっと差し出された鍵。
「あっ、ありがとう」
天使人形の鍵が付いているから、僕ので間違いない。良かった。鍵を探してくれる丁寧な人もいるのだ。世の中、全然悪くないなって……。
僕が安心している間に隣にいる黒髪短髪少女はくくくと怪しく震えて笑っている。
「ほんと、お前は今朝から面白いな。朝はナノカのクレームを呆気に取られて見てるわ。コンビニのガラスに貼り付いている私にびっくり仰天するわ、ここでもまたナノカに連れられ、あわわってなってるわ、挙句の果てには自転車の鍵を失くして焦るわ」
僕は一旦、彼女から距離を取って告げた。
「さ、最後の自転車の鍵は先に抜いていたからだろ! で、何のつもりだ!
彼女は僕が怒っているのが分かるや否や、テンションを変えてきた。
「おっはよー! 情真! 何でお前がこんなところにいるんだ、奇遇だな!」
「ノリで誤魔化そうとしても無理だ! それに今は放課後だ! 限りなく夜に近い!」
「はぁ……単に中学の頃、友達に五十円貸してたから、催促しに来ただけだ」
「他校に乗り込む必要はないだろ!? 公園で落ち合うとかそう言う配慮はなかったのか!?」
質問してはみたものの、彼女の狙いはもう分かっている。面白いことを見つけることだ。だらしなく笑っているのが、その証拠。ナノカが呼ばれたのであれば、何かあるなと勘づいて、ここまでストークしてきたらしい。たぶん道中ずっと僕を見張っていたのも彼女だろう。
僕が絶対油断できない人リストに彼女も入っている。隙を見せた瞬間、彼女は人を狂わせてくる。
いや、違う。
「そうそう、情真、今日は放送部員で集まる日って言わなかったか? 言ったよな? この前の部活で」
「えっ?」
彼女の前でなくとも、僕の性格ではすぐ弱みを握られてしまう。
確かに放送室の中で言った記憶がある。暑くてあまり聞こえていなかったと言い訳もできるが、彼女が「はい、そうですか」とすぐに納得してくれるはずもない。
最終的に「忘れてた、ごめん」と謝った。
「さて、ナノカの面白い話も聞けたし、帰るか」
「えっ、理亜、帰るの?」
「ああ、さっさと集金してくる。入口で待ってるはずだ」
「本当に催促しに来たのかよ……ってか、さっきの話聞いてたんだな。塩ってヒントくれたのも理亜か」
「聞こえたなら、良かった」
彼女はまたフフッと笑って、玄関の方へと行く。そのために先程いた花壇の前を通るのだが、
代わりに枯れた花壇の前に背中を見せてる白衣の人物がいた。
「あれ……?」
その人物は振り返り、ふんわり顔を見せた。何かと思いきや、突然にもこんなことを言ってきたのだ。
「き、君、カブトムシとか好き?」
いきなり何の話だろう。くれると言うのか。いや、今は持ち帰る虫かごもない。そもそも生き物を飼うつもりもない。責任が持てない。
僕はすぐさま首を横に振った。
「いいよいいよ。僕じゃなくて、もっと生き物が好きな他の人にあげて……」
「そ、そっかぁー! 残念。カブトムシ可愛いのになぁ……あはは……特にうにょうにょしててー」
彼は終始、ほわほわしていた。白衣の中から腕を出さず、勢いよく袖を振るう。そのせいで白衣に付いている土が次々と飛んでくる。学生服を汚されたら、後でナノカや母さんに何を言われるか分からない。
「そ、そうなんだ、じゃ、じゃあね」
このまま変な奴に構っている必要はないと入口まで逃亡。一応、入口近くにあったトイレの水道で土の付いた手を洗う。それから、理亜の顔も催促されている人の顔も見ずに四階を目指そうとした。ただ、最後に理亜にこう言われてしまうのだ。
「そうだそうだ、情真! 忘れたことは許してやるから、明日の部活でお土産話を待っといてくれ」
「逃がすつもりも許すつもりもないな、アイツ……」
せめて理亜に休むの連絡を入れておけば良かった。いや、普通に休むと言われてもダメか。囮でも作って、理亜をかく乱しとおけば良かった。いや、理亜をずっと放送室に封印しておく罠でも作っておけば……! 同級生の女子に思う感情ではないのは十分承知している。
そんなこんな考えていて、階段を上ったことによる疲れは感じ取れなかった。
代わりに彼女から叱られた。
「情真くん、遅いわよ!」
「ごめんごめん!」
と同時にもう一人、階段の下から現れた。トイレから戻ってきたアヤコさんだ。
「あたしも待たせちゃってごめんなさいね!」
「あっ、情真くんの方は鍵を忘れて、時間も忘れちゃってたみたいなんで。アヤコちゃんは気にしないで!」
まぁ、時間を忘れていたのではない。頭のねじが外れた人間共に妨害されただけなのだが。下手に面倒な説明もしたくない。
そのままアヤコさんに喋ってもらおう。
「ふふふ、了解。じゃ、パソコン室に入って説明を始めましょ!」
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