Ep.8 クレーマーの弟子

 古戸くんがパソコン室の鍵を開けているところで、ついに説明が始まった。アヤコさんの言う、夢を壊してとはどういうことか。

 古戸くんはこうコメントしている。


「何か、ボス戦でも始まるのかって位、ドキドキしてるんだけど……」


 アヤコさんはそんな彼の怯える様子を気にせず、教えてくれた。


「ナノカさんがクレームが得意と言うのをお見受けいたしまして。自分達の夢がどんなに立派なものか。逆にどんなことを直せば、もっと高見へ行けるのか、など視聴者目線などで教えてほしいんです! どんな些細なことでもいいんです」


 ナノカはアヤコさんの後にパソコン室に入りながら、聞き返す。


「つまり、再起不能にするつもりで……ってことで?」

「そう! その気概で!」

「ううん……夢に文句を付けるのか。高見に行けるって……まず、知らないといけないことが一杯あるわね」

「だよね。目標を明確に伝え合っとかないと、トラブルになりやすいし!」


 僕はそこに「えっ? 何で?」と疑問を入れた。目標の大切さをナノカが語っていたのを覚えている。だからこそ、やるべきことが判明していれば、別に困ることもないのではないかと考えた。論理的に全く分からない。

 本当にボコボコにされることではないと分かって安心した古戸くんが説明してくれる。


「おれがプロ志望なんだけどさ、プロって言っても、その中でもプロの定義って色々あるんだ。おれの場合は歌い手として、動画サイトで人気になりたい。で、聞いた人が救われるような動画をたくさんの人に届けたいんだ」

「へ、へぇ……」


 ナノカは「いい夢ね」とコメントしていた。僕は、何を思えば良かったのか。一般常識からすれば、彼の夢は素敵と言われるものなのかもしれない。しかし、歌で誰の心も救えない。歌を練習する時間があるならば、もっと効率的な方法もあるのではないか。なんて考えてしまった。だからと言って、彼が嘘を付いて邪悪なことを言っている様子もない。間違っていると心配する様子もなく、至って真剣な顔付きで話していく。

 彼の考え方を肯定することも否定することもできず、相槌を打った後は黙って聞いていた。


「でも、中にはお金を稼ぎたいって人もいる。あっ、でもそれはいいと思う。お金稼ぎで歌った曲がみんなに刺さるなんてこともある。お金は生きるために大切なものだから、そのために必死になれるってことは生きることをしっかり楽しもうって考えてる証拠にもなるだろうし」


 ナノカが途中で頷いた。


「いい見解をするじゃない」


 何だか先程から古戸くんばかり褒められる。少しだけジェラシーを感じるも仕方がないと思うしかない。と言うか、自分が疑問を提示したのだから話に集中しないと、だ。


「当然、この夢にはプロって言う一見分かりやすい目標があると思うけど、二つには間違いなく、違う客層が必要なんだ。おれの場合は共感してくれるような人、救えるような人に響く曲を選んで練習しなきゃ、ならない。でも、お金をって方は、楽しませてお金をたくさん貰って、更にいい質の歌を、ライブをとかって考えてるから、客層については考えてないと思うんだ」


 アヤコさんも彼の言葉に説明を付け加えて、僕に質問をした。


「その二人が何も知らずにただプロになるためにって言って、アドバイスを出し合ったらどうなると思う? 露雪くん?」


 いきなり来て、パッと答えが思い付く程、僕は有能ではない。自分で言うのも悲しいが、頭の回転は遅い方だ。

 ゆっくり時間を掛けた後での返答を。だいぶ待たせてしまった。


「うんと……ええと……何かそれで問題が起きるってことは、悪い方向になるってことだから……二人ともアドバイスが身にならないってことで……あっ、古戸くんの方はお金よりも人にどう届くかだから……幾ら、人が集まるアドバイスを貰っても、薄く浅く音楽を聴いていく層だったら、目的は叶わない。アドバイスの意味がないのに、どんどん時間だけを無駄にしちゃうってこと?」


 そこにナノカが「そうね」と言ってから、答えの続きを言ってくれた。


「情真くんもしっかり考えて、いいじゃない。ワタシは思い付かなかったわ。ワタシはお金を貰う人の方が古戸くんのアドバイスを受けて、全然お金が入るものにならないじゃないかって、怒るような末路が見えちゃったわ。たぶん、古戸くんの救いたい層って、学生さんやなかなか人に相談できない社会人の方々が多いと思う。お金があったら発散できるけど、それがたぶんできないと思う人達ね。お金を落してほしい歌手にとっては……ね」


 彼女に褒められたことが嬉しくて後半の話があんまり印象に残っていなかった。僕は少し照れながら、次に話をする古戸くんの方に顔を向けた。


「恥ずかしい話なんだけど、目的を明確にしなかったことで一回SNSでトラブルになりそうなことがあってね。そこからもっと目標をどんなものか話し合っていって、それぞれに合ったアドバイスができるようにしなきゃってことになったんだ」


 理解はできた。

 アヤコさんの方も「だからね、あたしの考え方も教えていくね」と目標を口にする。


「あたしも誠くんと同じく、聞いている人を救いたい。心を揺さぶるような曲を作りたいって思ってるの。だから、何かあたしの曲でワクワクできないとかがあったら、クレームを教えてほしいの」


 そこまで言ってから、ナノカの顔が不意にくもる。


「ううむ……」


 アヤコさんの方が気を遣うこととなっていく。


「あっ、ごめん……もしかして、忙しかったりする?」


 その表情を読み取ったナノカが慌てて否定した。


「違うの。そう言うことじゃなくて、ワタシがそのとても素敵な取り組みにクレームを入れちゃっていいのかなぁって……それにどうしても、合唱部として音に関してはうるさくなっちゃって……初心者目線、視聴者目線のクレームができる自信がないのよ」

「そ、そうなの……」

「ごめんね、アヤコちゃん」


 ハッキリとそれでいて、相手が傷付かないような語り口調で断りの言葉を入れていくナノカ。彼女の思いやりが関係のない僕の心にまで染みてくる。

 

「ナノカ……」


 これで終わりなのか、と思って彼女の名を呼んだ瞬間。

 彼女はまたとんでもない発言をした。


「だから、情真くん。クレーマーの弟子である、貴方をワタシはクレーマーに推薦させてもらおうと思うの」

 

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