Ep.6 花壇荒らしの真相

「な、ナノカ……何が分かったんだ?」


 アヤコさんがずっと悩んでいた謎に対し、ナノカは一瞬で看破したと言うのだろうか。信じられなかった。

 ナノカはある一例をあげていく。


「ワタシ、ラーメン屋にクレームをしたことがあるんだけどね。そこのラーメンが何ともしょっぱかったのよね。塩ラーメンじゃなかったのに」


 クレーマーならではのとんでもないエピソードだった。それも今回の問題とは全く違う件で皆が呆気に取られている。アヤコさんは首をぱこっと傾けている位だ。

 ついでに後ろから笑い声が聞こえてきた。たぶん、外のいる誰かが違うことで笑ったのだと思う。

 彼女はそんな僕達のことなど気にもせず、クレームを続けていく。


「しょっぱすぎるのってやっぱ、高血圧の人とかにも問題があるし、ワタシは味は普通って言ったのに、そう言う風になってたし。だから、言葉にはしなかったけど、アンケートっぽいものに意見を書いてやったわ。って言っても、あれ、少ししか意見書く場所がなかったのよね。だから」


 このまま違う話題へ飛んでいかないか。少し不安になった僕は彼女にストップを入れていた。


「で、で、今回のことと何があるの? みんな、困ってるよ」

「今のクレームで気が付かなかったの?」

「えっ、今のクレームに? 何が? へっ!?」


 全く理解不明。困難以上の困難。

 そこにどっからか声が聞こえてきた。


「塩だ、塩」


 周りを振り向いた。今のは間違いなく、ナノカの声ではない。古戸くんの方は「今、塩って誰か言った?」と。アヤコさんは「あたし、何にも言ってないよ?」とのこと。

 幻聴だったことにしておこう。

 おかげで彼女の話で注目するべきことが塩だと分かった。僕は彼女に尋ねていく。


「塩……?」

「そう言うこと! ってか、誰か先に答え教えてくれなかった?」

「まぁ、いいよ。それは……それよりも塩をたくさん与えすぎると、ダメってことなの?」

「うん、そう言うことだと思うわ。さっき潮風を感じて、ピンと来たのよ」


 鼻を動かしていたのは、それが理由だったかららしい。

 しかし、あまりピンとは来ない。潮風の塩分が車や家などの鉄を錆びさせてしまうのは聞いたことがあるが、植物にまですぐに影響があるとは思えない。

 それに、だ。


「でも、ナノカの話が正しいとなると、他の花壇の華も咲けないじゃないか。ここだけの花壇の華だけって理由には……」

「そうよ。だから、また別の理由があると思う」

「べ、別って」


 今度もまた、正義漢の強い彼女らしい返答が飛んできた。


「ここに来るとき、スポーツドリンクが落ちてたのは覚えてる?」

「あっ、ああ……」


 彼女を転ばせそうになったペットボトルのことだろう。


「推測にもなるけれど、たぶんペットボトルを放った人物は飲み切れなかったスポーツドリンクを貴方の花壇に日頃から、まいていたんじゃないかしら?」


 アヤコさんが口の前に手をやって、「ええ!?」と顔を歪めていた。

 ナノカの推理通りだとアヤコさんが嫌がらせに合っていることになる。彼女はそんな真実を受け入れることになるのかと思えば、そうではなかったよう。ナノカが言い直す。


「かと言って、嫌な思いをさせる意図はないと思うわ。それだったら、もっと強力な除草剤とかを使えばいいし。今回はたまたま塩分が多すぎて、枯れちゃったってだけで。確実にスポーツドリンクで枯れる保証はないし」

「そ、そっか……良かった。誰かがわざとやったんじゃないんだ」

「まぁね。たぶん、飲めなくなったスポーツドリンクをもったいないからと思って、中に入れて。そして、捨てたんだと思うわ。たぶん、その相手は塩分がまさか植物に悪い影響を与えるとは思ってもいなかったんでしょうね」

「そ、そっか。じゃあ、どうすればいいのかな……これから」

「たぶん、やってるのは同じクラスの人とかじゃないかしら。残ったのは、自分のクラスの分の花壇にやっておけば的な軽いノリで。わざわざ他のクラスにピックアップしてやる人はいないでしょうし。競ってる訳じゃないんだから、クラスの人に注意しとけばいいと思うわ。花壇は新しいものを植えるけど、水以外のものはやらないで、とか、決まった時間に水をやるからとか言っておけば。ワタシから担任の先生とかに伝えておく」


 ナノカのお節介にアヤコさんは手をちょっと前に出して、慌てだす。


「あっ、そこまではやんなくても大丈夫だよっ! ワタシが言うよ! 言うから!」

「分かったわ。もし、勇気がなかったら、相談してよね。教室の後ろの黒板にでっかい注意書きでも描いちゃおっかしら?」


 僕が「ナノカの怒り顔で?」と。

 ツッコミを入れるのは、古戸くん。


「クレーマー出張バージョンってこと?」


 ナノカが「もう!」と怒り出す状況につられ、少しずつ笑い出すアヤコさんが目の前にいた。腕を後ろに回し、ニッコリ顔。


「原因が分かって、スッキリしたよ。国立さん、そして誠くんも露雪くんも本当にありがとう!」


 感謝されて、悪い気はしなかった。ナノカは「どういたしまして!」と元気に微笑んでいる。

 古戸くんも一件落着、か。落ち着いてくれた。

 アヤコさんの悩みが解けて、これ以上僕達がいる必要もなくなった。と思うも、そうではない。ナノカは最初にアヤコさんへ「夢を追う会に興味がある」と公言したのだ。

 せめて、見学しないまま帰るのは失礼だ。折角、今華やかな笑顔を取り戻したのにこちらが態度をひるがえして「ええ、興味なかったの?」とショックを受けさせたら大問題。

 中を確かめてみて、僕が「いいね! あっ、でも部活で忙しいな。残念。また今度!」と言えば。いや、待て。それって期待して上げておいて、後で落とす、大人と同じではないだろうか。無責任な人と同等になってしまう。ここで「ナノカが勝手に言ったこと」との発言も非常に最悪だ。

 大人とは違う僕なんだ。もう少し近くまで寄り添ってみよう。僕のできる限りはしてみよう。大人と、僕は、違うから。


「あの、ところで、凄い差し出がましい提案をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 僕が思考を回している合間にアヤコさんが改まって、丁寧な口調で話し始めた。いきなり、何を言うのか。僕にはこの空気がよく読み取れなかった。

 ナノカはポツリ告げる。


「できることなら……」


 刹那せつな、衝撃的な発言が飛んだ。


「そのクレームで、あたし達の夢を再起不能になるまで砕いてはくれませんか」

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