Ep.5 園芸クレーマー
「いたたたた……」
腹を抑えたアヤコさん。その横に偶然にも倒れていた何個もの鉢植えがあった。
予測するに、突然に腹が痛くなって気が遠い中、鉢植えに足を当ててしまったか。それが連鎖としてドミノ倒しの如く、悲惨な状態になった、と。
「大丈夫!?」
ナノカが早速、助けようとするところを彼女はこう言った。
「ご、ごめん……いてて……誠くん、ちょっと、あのお茶を買ってきてくれない? お金なら、後で渡すから」
「わ、分かったよ!」
あのお茶と言われても僕達には全く分からない。そこは古戸くんに任せることにして、僕がするべきことを考えた。早速鉢植えを直すことだ。土はさほど飛び出してもいないし、根が出ていることもない。
ナノカも「だ、大丈夫だよ……ああ、それよりあたしが倒しちゃった鉢植え、大丈夫かなぁ?」との心配に応答するかのよう。すぐにこちらへやって来て、僕と共に鉢植えを直していく。
「……大丈夫よ。こっちは割れてもないし、問題ないわ……」
鉢植えは問題なかった。しかし、少しだけ変なところを見つけてしまった。その先にある花壇に一つだけ、植物が枯れているところがあったのだ。他はオレンジや黄色の自分達は陽キャと言わんばかりの華が咲き乱れているのにも関わらず。
ナノカはそこを気にしようとしていたが、まずはアヤコさんの体調の方を優先させたのだろう。僕も声を掛けていく。
「本当に大丈夫……?」
不安になっていたところで、古戸くんがごく普通の緑茶のペットボトルを買って戻ってきた。
彼女はそれを一気に抱きしめる。飲むのかと思ったら、どうやらカイロ代わりに使っているらしい。
「ご、ごめんね。お腹を冷やしちゃったみたいで……。誠くん、露雪くん、国立さん、ありがとう」
すぐに落ち着いていったよう。
そこでナノカ、クレーマー探偵、いや、弁護士志望が謎を提示した。
「ここって、何かあったの? 植物がこの一つの仕切りの花壇だけ、枯れてるんだけど……」
彼女は少しだけ治っていた調子を更に悪くしたみたいな顔をする。ナノカが触れてはいけない話であったかと顔をハッとさせる前に、話をし始めた。
「水はやってたはずなんだけどね……何でだろ……」
僕がそこで話を円滑に進められるよう、確認を取らせてもらった。
「えっ、ええと、アヤコさんは園芸部員だったの?」
「そうだよ……あたしが選ばれたんだけどね……ここの花壇。何でだろ……」
敬語がいつのまにか消えていて、先程よりは彼女らしそうな口調で応答してくれた。
ナノカがこちらの答えを頼りに会話を進めていく。
「と、言うことは……園芸部員として、何故かアヤコちゃんのところだけ花壇がってことね……」
そこで何か判明したと言わんばかりに目を見開いた古戸くん。ナノカと僕にしか伝わらないような小声で推測を語り始めた。
「もしかしてのもしかしてなんだけど、アヤコさんの担当する花壇の植物が枯れちゃってるから、それでってことなのかな……? いや、そうだ。彼女、凄い華に関する曲とかも作ってるし……こだわってるのかも。だから、変なことになってる理由も……」
今の発言によって、僕もナノカもするべきことが見つかった。彼女の悩みであるナノカが早速、やる気溢れた表情で喋り出す。
「じゃあ、ここはクレーマーとして、やってみますか」
彼女はピクピクと鼻を動かしていた。その際に彼女の少し透き通った声がアヤコさんのところまで流れてしまったよう。
「く、クレーマーって……?」
ナノカはこれ以上心配させまいと公言する。
「まぁ、そーいう渾名がワタシに付いてんのよ。名付けて、『謎の花壇荒らし事件』ってところね。悪いけど、原因を知るためにも得意のクレームをさせてもらいたいの。いいかしら?」
アヤコさんは最初酷く焦ったような顔をした。当たり前だ。誰だって、自分のやってきたことに文句を付けられると言われれば、嫌がるはずだ。そこを古戸くんはフォローしていく。
「あ、安心して。国立さんは別に責めようとかって言ってる訳じゃないんだ。文句って言うか、気になる点、不満な点を徹底的に見つけることのプロなんだよ」
僕も彼女の良いところを上げていく。
「間違いないよ。そのクレームで店とか凄い態度とか良くなったことが何度もあったし」
彼女の発言を聞かなかった店はすぐに潰れていったな、とまで言おうとしたが、やめておく。そこの説明は今、不要だ。
こちらの説明が原因で「えっ、店にまで、そんなことをするの?」と信じられないとの反応をした。
そうだろう。リアルで高校生作曲家は珍しいかもしれない。が、ネットならば一人や二人、容易に見つけることができるだろう。ただ女子高生クレーマー、いや、美少女クレーマーはたぶん、ネットを探しても見当たらないのではないか。
彼女は一旦目を閉じてから、「うん、分かったよ」と言ってくれた。
「華の特徴とかまではまだ勉強中だから、答えられないかもしれない。でも、原因が分かるなら、何でも文句を言ってほしいかな」
相手が了承した瞬間のこと。早速、ナノカの尋問クレームが始まった。
彼女の声と空気が少しだけ重くなる。
「水は毎日上げていたのよね」
「う、うん。すぐそこにあるホースからしっかり……」
「後は害虫駆除や農薬でやられるケースもあるけど……何使ってるの?」
「薬とか、そう言うのは聞いたことがないかも」
「じゃあ、そこまで使ってない、と」
少しずつ、軽くなっていくような。彼女が段々と笑顔になっていく様が見えていた。その過程で彼女がアヤコさんに手を合わせていく。
「ごめんね、クレームしちゃって」
「えっ、いいよいいよ。もっとあれかと思ってた。もっと怒鳴り声とかが聞こえてくるかと」
「ま、まぁ、それはやらないわ。ちょっと話を聞いてないような誰かさんには雷を落すかもだけど」
今度は古戸くんがしっかり僕のことを見つめていた。微妙な気分に陥る僕は彼の視線から逃げるように言葉を放つ。
「古戸くん、それよりも真実を知ろうよ。ナノカ……まさか、もう分かってるってことはないよね?」
ナノカはフフッと笑った後に僕達の意表を突いてきた。
「残念ながら、そのまさかよ。クレームはただの確認。最初からもう目星は付いてたのよ」
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