Ep.4 夢を追う者

 古戸くんの「頑張らなくては」発言をナノカが気になったよう。


「そう言えば、古戸くんの夢を聞いてなかったわね。夢を追うってことは、何かあるのよね。声ってことは、歌手とか?」


 彼はずばり言い当てた彼女を賞賛した。


「流石は名探偵! その通りだよ」

「よしてよ。そんなことないってば……探偵って……ワタシはクレーマーよ……って自称するのも変か」


 夢には興味がなかったが、やり取りを聞いてふと疑問に思うことがあった。動き出すと同時に僕は後ろから声を上げた。


「なら、どうしてナノカのように合唱部に入らなかったんだ?」


 歌手として、合唱の練習をしたいのならば、合唱部がいいだろう。そう言うと、最初に僕の声が届いたであろうナノカが解説をしてくれた。


「ああ、たぶん……それは、合唱部と歌手のやることが違うから、じゃない? うちの合唱部はまぁ、合唱の課題曲とかを練習するけど、洋楽も結構多いのよ。たぶん、根本的に違う歌い方の曲を練習してるんじゃないかしら」


 ナノカの説明に「やっぱり探偵っぽくない?」とのたまう古戸くん。彼はツッコミを入れた後に詳細を教えてくれた。


「隠し事とか、できないね。全部全部見抜かれちゃう。そうだね。ネットでよく聞く音楽とかの練習を、ね。部活には絶対入らないといけないから……写真部で……先輩達に頼んで幽霊部員にさせてもらってるんだ。こっちの練習をしないとって」


 ナノカが「歌い手の夢、頑張ってね」と応援を入れた。彼女に応援されていることが少し羨ましく感じてしまった。

 ハッとして、元の自分に戻る。夢に対し、少しでも何か利点があると思ったら、負けだ。勝つ条件も知らないが、とにかく負けた気がする。

 絶対夢なんかに、と思っていたところでナノカ達が消えていた。

 瞬間移動の魔法を使ったか。

 なんて幻想を抱いていたところで、ナノカの声がする。


「おーい、通り過ぎてどうすんのよ。このまま海にまで行って、藻屑にでもなってくるつもり?」

「どんなつもりだよ、それ」


 今度は僕がツッコミを入れてから、校舎に入っていく。海に近いからか、潮風の香りが漂う中、じっと観察した。

 校舎はうちのものより古く、横に長い。とそこまで認識することはできたが、緊張する。

 古戸くんはナノカと共に入っていこうとする。よく、他の学校に適応できるなぁ、と思いつつ、古戸くんについていく。学生服が違うからか、こちらの姿がよく目立つ。

 出てきた眼鏡を掛けた頑固そうな親父風教師。

 駐輪場で出会ってしまった僕は固まった。「部外者が勝手に入って来て」と怒られるかな、と覚悟をしていたところで、古戸くんが挨拶あいさつをした。


「こんにちは。今日はちょっとまた新しい友人を連れてまいりました」

「そうか、頑張れよ」


 教師はそれだけ言って、去っていく。僕がポツリと声を出し、古戸くんに確認を取っていた。それも震え声で。


「えっ……えっ? い、今の人、そ、そんな、すんなりいいの?」

「うん。応援してくれてる先生で、活動のために多少のことなら、オッケーだよ。あっ、でも逆にうちの学校で似たような打ち合わせする時は全く、許可取ってないから……どうか隠密に」


 ナノカが「ちゃんと許可取っときなさいよ」と呆れていた。その発言の最後に聞き覚えのある声が重なった。


「おーい。まことくん! って、あれ?」


 校舎から出てきたアヤコさんが不思議がっているのも当然だ。普通なら古戸くんしかいないのだから。

 ただ古戸くんの目的は「アヤコさんの笑顔を取り戻すこと」。ここで「アヤコさんの笑顔を」と言っても、ニコッと無理な笑顔をされて「もう帰って大丈夫よ」と言われかねない。そうでなくとも「自分のせいでナノカに無理をさせてしまった」と気負うだろう。

 言えなくて、古戸くんはあたふたしている。


「あっ、いや、その、これは……その……何と言うかね」


 浮気が発覚した彼氏のよう。本当に焦って、言葉が全く繋がっていない。

 彼に見かねたナノカが真っ先に自己紹介を始めた。


「朝、お会いましたね。ワタシは国立菜野香。で、こっちが露雪情真です。『夢を追う会』って言うのに凄い興味があって、見学にと思ったんですが、よろしかったでしょうか?」


 今の紹介だと僕も夢があると思われてしまう。多少気まずいなぁ、と思いつつも仕方がないと思った。僕も今以外の発言は絶対に思い付かない。それどころか、今、誤魔化ごまかしてくれた彼女に感謝しなければならない。

 アヤコさんの方は少しだけ空のように曇った表情を見せた。雨は降る様子はないけれど、何だか見ていて本当に大丈夫かと思わせるようなもの。

 ただ、すぐに返事は戻ってきた。


「興味を持ってくれて、ありがとね。じゃ、早速、活動を見ていきましょ?」


 先程よりは表情が柔らかくなったか。

 全く分からない。彼女が何を考えているのか。僕達を歓迎しているのか、自分達の輪を他の人達に邪魔されたくないと思っているのか。

 古戸くんの方は勝手に彼女が困っていた解釈をしていた。


「ご、ごめん。いきなりの提案だったから……待たせるのも悪いし、電話してなかったんだ。本当、アポなしでやっちゃってた……」


 ナノカはすぐ返答する。


「今度はちゃんと連絡しておくのね。でないと、ワタシ達、何しに来て、何故にすぐ帰るのかになっちゃうから……」

「はい……」


 そう言って、校舎の中に案内しようとしてくれたのだが。まず、最初にナノカが何かに躓いて、転びそうになっていた。咄嗟とっさに僕が彼女の柔らかい手を掴む。


「ナノカ、危ない!」

「あ、ありがと……不注意だったわ。何々……?」


 彼女は僕がさっと手を離すと、転ばせた原因になったものを拾い上げる。


「ナノカに触れた……」


 僕は彼女の手に触れたことで幸せに似た気分に浸ろうとしていた。しかし、彼女の声によって呼び覚まされた。


「ちょっと誰よ! スポーツドリンク、ポイ捨てしてんの!」


 前にいたアヤコさんもビクッと肩を震わす程のもの。何だか心当たりのありそうな運動部員が全速力で走っていく。

 古戸くんはそれをナノカから受け取って、すぐ近くにあった自販機横のペットボトル捨て場に放り投げた。


「飲み終わったペットボトルを捨ててるんだよ……。もう、困るよね……」


 溜息を一つ吐いてから、戻ってきた。

 嫌なことが一つ。

 また一つ起こりやしないかと不安に思っていたら、何かが倒れる音。

 予想、的中だ。いいことは起きないくせに悪いことだけはどんどん降りかかる。

 アヤコさんの元へ行くと、校舎横にある花壇で悲惨なことが起きていた。


 


 

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