Ep.3 不満に満ちた笑顔にクレームを
「ワタシに……?」
彼女は首を傾げている。そんな彼女の復唱に対し、迷いが生じたよう。古戸くんは眉をひそめた。
「い、いや、部活とかで忙しかったら……本当、本当にあんまり」
そこで彼女は少しずつ眼光を鋭くさせていく。分かっていた。ナノカは僕みたいな煮え切らない態度が嫌いなのだ。怒りゲージを徐々に上げていく。足でリズムを取り始めようとしたら、噴火直前の合図。「あのねぇ」とまで言ったら、溶岩がちょっとずつ漏れ出しているのと同等だ。
ここまで知って、状況を危惧している僕が言うべきことは一つ。
「大丈夫だよ。ナノカがダメって言っても、僕ができることはするよ……部活も文化祭が終わって、一区切りしてるから」
そんなことをしてるとナノカは不満をちょっとだけこちらに向けてくれた。
「ワタシだって、一応時間はあるから。問題ないわよ」
これで古戸くんにナノカの怒りが直撃することはないであろう。逆に頼まれた際、何か僕がやることになるかもしれないと言う可能性も得てしまった。人を助けるためとは言え、何故他人の面倒事を請け負ってしまったのかと少しだけ後悔した。
しかし、これ以上「あっ、やっぱ、やめる」とも言えない。
話しても問題ないと確信したと思われる古戸くんが僕達に話し始めた。
「露雪くんも国立さんと一緒に協力してくれるなら、嬉しいよ。ありがとう。ちょっと困ったことがあって、国立さんにね」
ナノカは困ったことと聞いて、朝のことを思い返したらしい。
「あっ、あの子にまた何か言われてるの? それだったら、ワタシが注意してくるわよ」
「いや、それはいいんだ……正直、あの子の言ってること、半分以上よく分かんなかったし、悪口を言われてるみたいじゃなさそうだし、ね」
「そ、それならいいけど。朝は災難だったわね」
「ま、まぁ……この学校、普通じゃない人も多いから、いつものことのような気も」
すると、ナノカがこちらの方に顔を向けた。当然、ナノカは顔の向ける場所がなく、僕の方を見たのだと思う。と思ったら、何故か古戸くんは僕の方を見るか、ナノカの方を見るか、迷っていた。
僕って変なのか。
思い当たりがない状態でもやもやしたまま、ナノカから会話が続いていく。
「で、話が逸れる前に聞いておくわ。何が大変なの?」
「今朝、他校の女子、アヤコさんに出会ったの、覚えてる?」
「ええ。その子がどうかしたの?」
「最近ちょっと笑顔が減ったなぁと思って。笑ってるけど、何か違うんだよ。何て言うかなぁ」
何だか説明がしにくいとのこと。笑顔に違和感があり、困っているのか。ナノカは相談に乗っていく。
「で、その彼女に原因は聞いてみたの?」
「いや、うまく聞けなかったんだよね……何か、その話をしようとしても、活動の話ではぐらかされちゃって……」
「活動って。その他校の彼女とやってる?」
「うん。『夢を追う会』って言うのを結成して、簡単に言えば励まし合うようなサークルなのかな。そこでやってて」
話から出てきた『夢を追う会』。僕にとっては興味のないものだった。ただ、いきなり冷めた目をするのも、欠伸をするのも非常に失礼。一応、耳に入れておく態度は取っておく。
ただ、気になるのは笑顔のこと。朝会った彼女、好みのタイプとかではないが、とても可愛らしかった。その子が全快の笑顔を見せられないと言うのはちょっともったいない。嫌かなぁ、と。男の中にある下心がそちらに興味を感じてしまった。
僕は
「スランプかなぁ……」
僕が言うと、ナノカが「そうかも」と同意を示す。ただ古戸くんは納得がいっていない。
「いや、作曲に関しては結構いい感じに進んでるんだって。このままなら、一週間後にはネットに新作をアップできるんだーとかって意気込んでたし。まぁ、その時の笑顔も何だか、凄く引っ掛かってるんだけど……」
ナノカが「じゃあ、違うのかなぁ」と考察している間に古戸くんは頭を下げた。
「お願いだよ。朝、コンビニのトイレから出るところで見たんだよ。コンビニの女の人を笑顔にさせてたところを……」
「ま、まぁ……」
褒められたナノカが指で顔を擦りながら、「ま、まぁ。と言っても、たまたまだけどね」と謙虚な態度で照れていた。
しかし、古戸くんは店員との会話を出してナノカが言う奥ゆかしさを否定していた。
「いや、でも、彼氏に振られたって話は知らなかったみたいだよね? その理由が分からなくても笑顔にできていたじゃんか。今、この時代の中で人を笑顔にできる能力なんて、そうそうない。だから、そう思って国立さんに助けを求めたんだ! お願いだ!」
再度頭を下げる古戸くんにナノカも「分かったわ。時間が許す限り、何とかできることをやってみるわよ」と。
ナノカは早速動き出す。教室の出口目指して歩いていた。
「で、今日はその会をやるの?」
「うん、互いの都合の合う時に。あっ、露雪くんにも迷惑掛けてごめんね」
今の僕は「任せてよ」とは言えなかった。ただナノカの後ろをカモの子の如くついていくことだけで精一杯だった。
廊下を歩く中で古戸くんが何処でサークルの活動を送っているか、口にする。
普段はこの
後は自転車で古戸くんが導いてくれるのを頼りに、漕いでいく。当然、並列運転は許さないと警察官を両親に持つナノカが指導し、古戸くん、ナノカ、僕の順番で縦に並んでいく。
ただ、少し気になることがあった。背後に何か、酷い視線を感じたような。何だか、ほんの少し、嫌と言うか不思議な予感が。
うずうずしていることをナノカは即座に気付いたのか、信号で止まったところで尋ねてきた。
「どうしたのよ。落ち着きがないわね」
「いや、何か……誰も後ろにいないよねって思って」
言葉を出した後に後ろを見るものの、誰もいない。そんな僕にナノカはニヤリとして、からかってきた。
「情真くんにクレーマーでもいるんじゃない?」
「えっ?」
「だって、貴方の放送へなへななんだったんだもん。放送が好きな子が貴方に対して恨んでいるんじゃないの……?」
「そ、そんな人いる……? い、いないよね……ナノカ?」
そこで無言になるナノカ。次に話に入ってきたのが古戸くんだった。
「そういや、露雪くんは放送部だったよね。昼の放送。放送部員二人で素敵な声を出してたよね。それに比べて、おれは……おれは……もっと頑張らなくては、ね」
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