1-5

「もしかして、この方が」

「はい、ユーラリア公爵様です」

 護衛がピエリスの横に立ち小さく頷いた。

「見ての通り当主様は正常な状態ではありません。いわゆる呪いにかかっているのです」

「一体どんな呪いに?」

「それは……」

 ピエリスが問いかけると、護衛は少し躊躇うように公爵へと視線を向ける。それと同時に公爵が顔を上げた。

 公爵の顔はピエリスが今まで見た誰よりも整っていた。だがそれと同時に、今まで見た誰よりも険しい顔だった。

「私が、話そう。少し、待ってくれ」

 息も絶え絶えの様子で公爵は懐から一本の瓶を取り出して一気に飲み干した。

「これで、少しの間はましか……。申し訳ないな、辺境伯令嬢殿。簡潔に言うと、私は強力な催淫の呪いをかけられているんだ。どうにか今は理性を保っているが……油断すれば私は獣のように人を襲うだろう」

 ギリッと公爵が強く奥歯を噛んで顔を歪めた。

「そうならないために私は人々を遠ざけていた。だが、どうやらこのままでは私は死ぬらしい」

 公爵は大したことのないように微笑んだ。けれど、隣で護衛が強く手を握り締めたのを見てピエリスはその話が真実なのだと察した。

「そんな……。どうにかする手段はないんですか? 聖女様とか、聖水とか……」

「聖女様は大切な用事で手が離せない。聖水は、さっき飲んだ物程度では一時的に呪いを抑えられるだけらしい。もっと良い聖水を買えれば違うかもしれないが……」

「セイフォンテイン伯爵がここぞとばかりに理由をつけて売らないのです」

 護衛の口からセイフォンテインと聞き、ピエリスは眉根を寄せた。

 セイフォンテイン伯爵と言えば、ユーラリア公爵の元婚約者の父である。そしてピエリスにとっては、フィサリスが商談をしたという相手として記憶に残っていた。

「つまり、ギリギリまで売らないことで値を釣り上げようとしているんですね」

「そうだろうな。そして私が死にそうだとは知らない彼は、私にとっての最後の購入機会も断った」

 公爵が小さく笑いながら、懐からもう一本聖水の瓶を取り出して中身を飲み干した。

「このままでは私は死んでしまうのだが、解呪する方法が一つだけあるらしい。というのも、この呪いは元々森の民が子作りをするために使う物なんだそうだ」

 公爵は一息吐きながらゆっくりと立ち上がり、服を整え始めた。辛そうな様子に目がいって気がついていなかったが、それは礼服だった。

「長生きする代わりに子どもができにくい彼らは、呪いでその時期を調整したというわけだ。人間には効きすぎて死に至るがな。とにかく、この呪いはその由来から子作りをすれば解けるらしい」

 服を整え終わった公爵は、ピエリスに歩み寄りながら懐に手を入れた。

「この話を聞いた上で、断っても構わない。だが、もし君が私と共に生きてもいいと思うのであれば……」

 取り出したのは小さな黒い箱だ。公爵はその箱を開きながら、膝をついてピエリスを見上げた。

「全力を尽くして君を幸せにすると誓おう。どうか、私と結婚してくれないだろうか」

 箱の中に入っていたのは、公爵の瞳にも似た青い宝石が煌めく指輪だった。それが婚約指輪であることは、公爵の言葉からも明白だ。

 その指輪を受け取れば、結婚の申し込みを了承したことになる。

 これだけの会話で公爵を信用することはできない。けれど、断れば公爵は死んでしまうのかもしれない。

 そう思い悩みながら指輪を見つめていたピエリスに、一際強い頭痛が突然襲いかかった。

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