断罪、その後(ステラ)
婚約破棄騒動から帰ってきたステラは、何をする気も起きずぼんやりとしていた。
着替えを済ませ、部屋で一人過ごしていると、バタバタと駆ける足音が聞こえてくる。
「ステラ!」
「お父様」
ノックもなくドアを開けられるが、まだ感情が麻痺していて驚く事もない。
「辛かったな、話は聞いたぞ」
ぎゅうっと抱きしめられる。
(辛かった? これは辛いということなの?)
まだあまり心が機能していないステラはおずおずと父の背に手を回す。
「心配と、迷惑をおかけしてすみません。私がもっと早くにお父様に相談していれば、このような事にならなかったかもしれないのに」
「いや、発端はあの馬鹿王子だ。うちの娘を虚仮にしおって」
公爵はカンカンだ。
「エリック殿が助けてくれたと聞いたぞ、今度改めて彼には感謝を伝えねば」
その名を聞いてステラの目からはポロポロと涙が出てしまう。
「どうした、ステラ?! すまない、今言う話ではなかったな」
思い出させるような事を言ってしまったからだと公爵は考えた。
「とにかく後のことは任せなさい。お前はしばらく休養するといい」
背中を優しく擦られ、ますます涙が出てしまう。
王子との破局の事ではない。
彼が最初からステラを好きではないことは知っていた。
その後の初恋があっけなくも散ってしまったので、胸が引き裂かれそうな思いなのだ。
後日エリックが婚約していたことを聞かされ、さらに絶望に打ちひしがれる。
騒動からの数日経ち、ステラは国王の元へと呼ばれた。
幾許かやつれ、憔悴し、元気のない表情のステラを見て国王も王妃も心を痛める。
瑕疵のない娘をここまで痛めつけたのは実の息子だ、親として申し訳ない。
「ステラ嬢、此度はすまなかった。お詫びにもならないかもしれないが、望むことを叶えてあげたい。何か希望はあるか?」
真っ先に浮かぶはあの人の顔だ。
「望みはあります。しかし叶いませんので」
どう足掻いても叶う事のない事だ。彼の最後の表情が全てを物語っていた。
「言ってみるだけでもどうだ?」
出来る事ならば叶えてあげたい。
失った信用を取り戻したいのだ。
「いいえ、いいえけして叶うはずがないのです。彼の心は私などには向かないのですから」
泣き崩れることはなくとも、悲痛な叫びをあげる。
国王も王妃もステラのその言葉はラスタに向けられたものだと思い込んだ。
「説得し、何とかこちらに向くようにしよう」
最低な事だが、人心を操る薬を使ってもいいかもしれない。
そうでなくとも王妃教育につぎ込んだ時間と資金は惜しいものだ。
公爵家に賠償を払う事よりもラスタ一人で済むならば安い、それにステラが許せばラスタは王太子としては無理でも王子としては要られるかもしれない。
親としていくら重大な過失を行なったとしても、刑を与えるのは忍びない、心のどこかで止められなかった側近たちと誘惑をしたリナのせいではないかと考えてしまうのだ。
「愛する者から引き裂くのは辛い事です、それにそのような事をしても彼はきっと私を愛してくれない」
「何を言う、ステラ嬢のようにとても優しく、愛情深い女性と一緒になれることは男として誇りに思う事だ。そなたが完璧な淑女と呼ばれているのは学校中は疎か、市井にも伝わっている。これだけ人気があるのだから、絶対に目を覚ますはずだ」
「そうでしょうか?」
国王の言葉に少しだけ期待をしてしまった。
「あぁ。どんな男だってステラ嬢と婚姻が出来るとなれば、きっと気持ちが傾くさ」
「陛下の言葉を信じたいと思います」
ステラは目を細めた。
エリックの婚約者についてステラは様々な話を聞いたが、人となりについてはあまり詳しくは知らない。
そもそも今まで目立つこともなかった令嬢だそうだ。
幼馴染で昔から結婚の約束をしていた事、そして最近ようやっと婚約がなされたとは聞いていた。
あとはやっかみなのか、良い噂とは言えないものばかりであった。
(何故このように成人してから婚約? 本来であれば幼き頃に交わしててもおかしくないのに、ずっとしなかったのは、どうして?)
本気で添い遂げたいと思っていたら、もうすでに婚姻していてもおかしくないのでは?
エリックと一緒になれる可能性があるのではと思えば、様々な考察が頭の中をめぐっていく。
(エリック様が嫌がっていた可能性はないかしら? 侯爵家同士とはいっても、エリック様は将来宰相になる予定の方、かたや名ばかり侯爵家のパッとしない令嬢。つり合いが取れていないじゃない)
そもそもエリックの友人である二コラと仲が良かったという話を聞いた、それなのに二コラを捨て、エリックと婚約をするとはとんだ悪女なのではないか?
ステラが都合よく考えていくのは、聞いた話が噂話に過ぎず、面白可笑しく脚色された話ばかりだからだ。
それまで静かに地味に過ごしてきたレナンには目立った話はなかった。
ファンクラブには入っていたものの、恐れ多くて他のものと語ることはしなかった。
せいぜいステラを賛辞する話をするくらいで、取り巻きにもなっていない。
侯爵令嬢らしくないレナンは地味で控えめで、親しいものも少ないゆえにこのような事になっている。
そしてステラは国王という後ろ盾を得られた。
ラスタに断罪された時のように、誰も味方がいない状態ではない。
この国での一番の助力者がついてくれている。
(エリック様は婚約者に頼まれたといっていたけれど、過ごす時間は私との方が多かったはず。それにあのような証拠集めや証人を頼むのはとても苦労するものだわ、婚約者の頼みだけであんなに頑張ってくれるなんて普通はあり得ない)
学校では全く婚約者の話などなかったのもあるが、本当はステラの為にエリック自身の思いでがんばってくれたのではないだろうか。
「陛下。私の心は決まりました」
「どんな事でも叶える、約束するぞ」
国王も王妃も、ステラの目に光が宿るのを見てホッとした。
ようやく生気が通ってきたのだから。
「私はエリック様を所望します。彼と添い遂げる事、それが私の唯一の願いです」
さすがに予想していなかったのか、ステラの言葉に驚いていた。
エリックが卒業パーティでレナンとの婚約の書類を国王に手渡したのは有名だ、ステラが知らないはずはないと思っていたのだが。
しかも婚約についてはその場で了承し、既に受理もされている。
「ステラ嬢、それはさすがに無理なのだ」
「何故です? 陛下は何でも叶えてくれるとおっしゃいました。それに、エリック様はいずれこの国の重臣となられる方、それを支える妻として、私は相応しいと思いませんか?」
ステラは王太子妃教育も受け、国の内情に詳しい。
なのでこれからも登城をし、内政を支えてもらう事を考慮していた。
内部を知るステラを外に放り出すことは機密が漏れる可能性もあり、手元に置いておいた方が安心だからだ。
エリックも父の後任として現在頑張って業務に当たってくれており、国の内情も勉強しつつある。
そんな国を支える二人が夫婦となり、更に忠誠を誓ってくれればこちらも有難い。
「それに腑に落ちないのです。何故レナン様はエリック様と婚約をしたのかと。彼女は二コラ様と仲が良かったはずなのに」
「二コラとは?」
「エリック様のご友人の伯爵令息の方です。もしかしたら、最初からニコラ様を弄んでいたのかも……」
口約束の婚約は幼い頃に既にされていた。
しかし学校生活の中でのエリックはとても忙しく、その代わりに二コラと密になっていたのではと推測した。
「卒業パーティの際もエリック様は一人で、レナン様は二コラ様のエスコートを受けておりました。だから皆、レナン様の婚約者は二コラ様では、と噂されていましたの」
これらはあとから他の者に聞いた話だ。
皆よく人の粗を探すものだと感心した。
「ですから陛下。エリック様の婚約を破棄させることは、エリック様を救う事となるのです、けして悪い事ではないはずです」
かつで婚約破棄をされ、泣いたものとは思えない程、堂々としたものだ。
ステラは自身が正義だと確信しているから強気になれた。
国王に話すうちに自分の言葉は本当なのだと思うようになっていたのだ。
目には見えないけれど確実に、ステラは壊れていった。
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