断罪、その後(メイベルク家にて②)

「そんな事はありません。私はレナン様よりもあなたを愛している自信があります」


「俺の愛情は全てレナンに注がれています。あなたに渡せるものは引導しかない」

 冷たい目でそう告げるがステラは怯まない、相当自分に自信があるようだ。


「その愛も偽物でしょ? だってレナン様の本当の恋人は、二コラ様だと聞きましたわ」


「噂に惑わされるとは、あなたらしくもない」

 在らぬ噂で苦しめられたはずなのに、ステラはまたこうして噂に人生を狂わせられるのかと、少々不憫に思う。


 だが噛みついた相手が悪い、存分に後悔してもらおう。


「二コラにはレナンに寄りつく虫けらを払わせていただけですよ。エスコートもダンスのパートナーも何もかも俺の指示です。俺はあの頃忙しかった、その為にレナンに寂しい思いをさせてしまっていた。それもようやく終わり、これからは共に過ごせると思っていた。なのに」

 思わず魔力が漏れ、部屋中が冷たい空気に満ちていく。


「それをあなたが壊した。俺は絶対に許さない」

 レナンの肩を抱き寄せ、真っ向からそう告げる。


(どうして?)

 エリックがここまでレナンに心惹かれる理由がわからなかった。


 先程だってステラの問いに答えられず、エリックに庇ってもらっており、頭の回転がいいとも思えない。


 飾り気も少なく、お世辞にも物凄い美人というわけでもないレナンを、ここまで溺愛するのは何故か。


 こんなにもエリックに愛されるレナンが信じられず、また羨ましかった。







(エリック様も、ステラ様も怒っている)

 大好きな二人がこうしていがみ合うようになってしまって、頭が痛い。どうしてこのような事になってしまったのか。


 全てはあの王太子のせいだ。


 頑張り屋なステラを貶し、罵り、失意に落としてしまった。


 しかも婚約破棄なんて酷い扱いをされたから、ステラは優しいエリックに頼らざるを得なくなったのではと考える。


 尊敬する二人がいがみ合うこの状況はとても辛い。


「落ち着いてください、エリック様」

 そっと回された腕を外す。


「ステラ様、聡明なあなたならばもうわかっているはずですわ、このような事をしても、エリック様は手に入りません。それに二コラ様とわたくしは恋人ではないです。本人に聞けばわかると思いますが、噂はあくまで噂。だって本当ならばそもそもウィズフォード侯爵様がお許しになりませんわ」

 あの厳格な宰相が、息子の婚約者になるものの調査を怠るわけがない。


「それはレナン様が幼馴染だから、仕方なくエリック様があなたを引き取っただけで」


「幼馴染だからといっても、よそに恋人がいるような女を婚約者になどしませんわ。そんな事をするくらいならば、二コラ様との婚約を結ばせようとすると思いますよ」

 例え話とは言え、二コラとレナンの婚約という言葉に、目に見えてエリックは不機嫌になった。


 しかし今その事を指摘しても話の腰を折ってしまう、レナンは見て見ぬふりを決め込む。


「あなたがエリック様の優しさにつけこんだのでしょう」

 ステラは憎悪の籠った言葉を尚も吐き出す。


「エリック様はお優しい方ですが、同情心だけで将来を決めたりはしません。それに婚約は家同士の繋がりです。自分達だけではどうにもならないという事は、ステラ様もよくご存じでしょう?」

 家長達が決める事だ。


 言い方は悪いがエリックも侯爵の言いなりになるしかない。

 了承されなければどうごねても無駄だ。


「では体で篭絡をしたのでは?」

 このように親しげに寄り添うのを見て、あり得なくもないと口にする。


「そ、そんな、体でなんて……」

 ステラの口からそのような言葉を聞いて、レナンは答えられず、ただただ頬を赤くするばかりだ。

 婚前交渉をしたと思われてるのかと恥ずかしくなってしまった。


「それが本当ならば、どれだけ幸せな事か……」

 エリックの苦々しげな声だ。


 生憎とまだそこまでには至ってない。落ち着きを取り戻したエリックは、今度は少し柔らかな声音でステラを諭そうとする。


「そもそもあなたを助けて欲しいと俺に頼んだのはレナンですよ。レナンはあなたを尊敬している、それ故に不当な扱いをされた事に対して憤慨していた」


「本当は……あなたが、あなた自身の想いで、私の為に動いてくれたのではないですか?」


「まさか! そんな事考えるわけもない。俺にとってあなたはそこらの雑草と同じだ。レナンの頼みがなければ、労力と危険を冒してまで助ける価値もない」

 縋るような視線をバッサリと切り捨て、はっきりきっぱりと敬語もなく告げた。


「そんな……頼まれた、という本当にただそれだけで、私を助けてくれたというのですか?」

 そんな気持ちしか持たれていない事に、ショックを受ける。


「利益の少ない事はやりたくないし、損をするだけなら尚更だ。だがレナンの頼みならば話は変わる。だから助けた、それだけだ」

 本当にそれだけだという事がようやくステラにも伝わった。


 レナンのいう事ならば何でも聞くという彼の言葉も、ようやく信じ始める。


 こんなにもエリックが感情を露わにするのは、レナンが隣にいるからだとわかったからだ。


 王太子の隣にいた彼はどこか作り物めいていたけれど、今の彼は血の通った人間としか思えない。


 レナンを見る目には慈しみがあり、そして熱のこもった言葉はレナンに向けて発せられている。


(こんなにも彼に想われているなんて)

 自分とラスタはそのような関係にはなり得なかった。


 仮に男爵令嬢との事がなくてもどうなっていたか、わからない。


 でも今は二人の関係が、レナンが羨ましくて仕方なかった。


 ステラはもう我慢できない。完璧な淑女と謳われていたのに、人前であることも忘れ、泣き出してしまったのだ。



 

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