酒涙雨で終わりにしようか？君の心臓を天に捧ぐから。

第12話 雲は、血塗られた歴史を覆い尽くし

夜空に浮かぶ雲は、犀花の上にあり、丁度、辺りを見渡すには、丁度良い灯りになっていた。

「ここは。。。」

古い煉瓦作りの街並みは、寂れて人通りが少ない。犀花は、いつの間にか、ナチャの術の中に引き込まれていた様だった。カビ臭い街並みは、遠くまで、続くが、行き交う人達に子供の姿はなく、皆、顔色は、悪く疲れている。

「もう、忘れた？」

声を掛けられて、犀花は、顔を上げた。隣には、深くフードを被った髪の長い男性が立っていた。

「あなたは、誰？」

「本当に、忘れた？マスター」

少し、高い声には、聞き覚えがあった。

「本当に？」

フードを覗き込むと、片方の目には、大きな傷の痕があり、そこには、あるべきものがなかった。

「これは？」

ナチャは首を振った。拷問の痕。犀花の中で、誰かが、答えた。

「誰が？」

お前の仲間。犀花の頭の中を別の声が駆け巡った。

「何が、起きたのか、見て」

ナチャが言うと、犀花と2人の姿は、みるみるうちに小さくなり、後には、大きな月がこうこうと輝いていた。

「見た所、そう、ここは、北欧ね。一体いつの時代かしら」

「時代は。。」

ナチャが口を開こうとすると、バタバタと人の足音が聞こえた。小さな悲鳴に混じって、怒号までもが聞こえてくる。わずかに、鼻をつく血の匂いまでもが、してくる。

「助けて！」

逃げ惑う女性の姿が見えた。両手には、双子の赤子を抱いている。犀花が手を出そうとすると、すぐ、ナチャに手を止められた。

「干渉しては、だめだ」

「でも」

「僕らには、何もできない」

女性は、群衆にすぐに追いつかれ、手にしていた赤子を取り上げられていた。

「この魔女め！」

女性から、奪い取られ、双子は、激しく泣いた。

「止めてください。子供に、罪は！」

大きな物音がして、女性の声は途切れた。

「目の色が違うし、肌の色が違う。。。きっと、この子供に違いない」

「魔女め。ここに隠していたな」

口々に、女性に対して、汚い言葉を言いながら、群衆は、息も絶え絶えの女性を後にして、また、別の所で

「あっちだ！」

声が上がると、そちらに向けて群がっていった。

「聞いた事があるわ。魔女狩りね。疫病や知識の不足から、こんな事があったと聞いていたわ」

「うん。。。そうでもないんだ」

「え？」

息も絶え絶えになりながら、女性は生きていた。地に這いずりながら、何とか、立ちあがろうとしている。すぐ、そばを一匹の猫が、通りかかった。泣きながら、女性に体を擦り寄せている。

「お願い。。守って」

女性は、弱々しく猫の首に手を回すと、口の中で、何か、呟いた。少し、猫は、耳を立てて、女性の言葉を聞いていると、女性の指先が、軽く揺れて、そのまま、動かなくなった。

「！」

猫は、何とか、自分の首を回し、女性の体を起こそうとするが、できる訳もなく、女性の頬にそっと、触れると、急に何かを思い出したかの様に、走り去っていった。遠くから、騒ぎ立てる群衆の声が広がり、また、どこかの女性から子供を奪い取ったらしい。

「魔女の子を探せ！」

声が、響くと、去っていった筈の猫が、姿を現し、チラッと、こちらを見上げた。

「気づかれたか？」

ナチャは、そう言うと、深く被ったマントで月を覆った。雲の様に。