第9話 その掌に、落ちるは暖かい雨。

柊雨は、物憂げな顔をして話しかけてきた。眼鏡の奥に垣間見える長いまつ毛が、本当は、別の顔があるのではないかと、思わせてしまう程、普段の様子からは、得体知れない香が漂っている。本当は、綺麗な顔立ちなんだ。。犀花は、思った。

「もう帰る?」

「君の母さんが心配していると思って」

「本当の母親か、どうかわからない人よ」

「でも、君が帰らない事で、困ることには、変わりないだろう」

何なんだろう。。この人は。犀花は、思わずにいられなかった。学校で、見るときと、雰囲気が全く違う。自分と同じく、学校の空気に押し潰されないように、過ごしている影の薄い少年だったのに、外にいると生き生きと、輝いて見える。

「どうして、ここに?」

犀花は、柊雨の顔を覗き込んだ。眼鏡の奥の瞳が気になる。

「塾の帰り。見かけたから」

「あぁ。もう。こんな時間」

時間が気になり、犀花は、急にソワソワし始めた。母親でないとしても、母親の役目の人に負担をかける事は事実。

「じゃあ、明日」

離れようとすると

「待って」

柊雨が、犀花の手首を掴んだ。

「え?」

見つめると細い銀色に輝く腕輪だった。

「これ。。いらない」

返そうとしたが、

「持ってて。役に立つから」

柊雨は、そういうと足早に去っていった。

「困ったな。。」

派手なブレスレットでもなく、本当に、輪ゴムと見間違えそうな銀色の紐だった。邪魔になるわけでもなく、返すのも面倒なので、そのまま預かることにした。その晩は、何事もなく、母親?とのトラブルも起きることがなく、普通に学校に行く事ができた。学校の生活は、変わらず、陰口や嫌がらせは、変わらなかったが、何かの弾みなのか、体育館の道具室に、閉じ込められた時は、ナチャが現れ、鍵を外してくれた。いろんな場面場面で、犀花が、危ない目に遭うと、ナチャが救いの手を差し伸べてくれた。

「ほら、マスター。僕がいてよかったでしょ?」

「助けてくれるなら、もう少し、早く現れてくれればよかったのに」

「だって、匂いもしないし、姿も見えなかったんだ。みんなで、探したんだよ」

「そう言われても、私自身は、何も代わっていない」

ナチャはため息をついた。

「周りが、変わったのかも知れない」

惨めで、居場所のない生活。自分は、何も代わっていない。不思議な事があるとすれば、母親の存在くらいだ。炭になった母親の憑代。母親が、何かを知ってるかも知れない。が、現在の母親が、本物なのかは、定かではない。

「犀花。気をつけて。匂いが変わった」

ナチャが、すっと犀花の襟元に隠れた。音もなく背後から、現れたのは、一匹の真っ白な猫だった。

「あなたなのね」

犀花は、一眼見て、あの夜の猫だとわかった。今は、小さく無に等しい。

「どんな力を持っているのか、見にきたけど。大したことなさそうね」

子猫は、立ち上がり、犀花の襟下を覗き込む様子を見せた。

「ふうん、ナチャね」

ぺろっと舌を出し、片手ずつ舐める。

「大した事なさそうね。どんな子か、みな、騒いでいたけど」

大きな瞳が、犀花を見上げる。

「白夜狐も、あなたに振り回されるとはね」

「知っているの?」

「あなたが、1番知らない」

白い猫は、踵を返すときた道を戻っていった。

「あれが、一番の使い魔」

ナチャが、小さく呟いた。

「何番目かに、来るのが、本当に怖いんだ」

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