第8話 地に潜む者達へ、陽の光は闇。

小さな蜘蛛になった妖物は、ポツポツと自分の出自を語り始めていた。犀花は自宅に戻ろうとしたが、蜘蛛は、自宅に入ろうとせず、敷地にある寂れたポストに潜り込もうとするので、近くの公園で、小さな蜘蛛の話を聞くことになった。あの感高い声で、話す事はなく、小さな声で、囁くのを見ると、誰かに聞かれる事を気にしているかのようだった。名前は、ナチャと言った。小さな妖物になる前は、黒い太い脚と赤く光る目が、不気味だったが、今は、小さな銀色の蜘蛛になっていた。

「家にいるのは、誰?」

ナチャは聞いた。

「母さん。。じゃない誰か」

「知っているの?」

「知らない。けど、どうでもいい。一人でないなら」

犀花は、小さな蜘蛛を手に乗せた。

「教えてほしい事がたくさんある」

「僕も、たくさんある。今まで、どうしていたのか。どうして急に、匂いがするようになったのか?」

「匂い?」

「僕らは、ずーっと。北の国にいる。君もね。本当は、そうなんだ。北の国の地下に、僕らはいる」

「私!蜘蛛なの?」

独り言の少女が急に大きな声を出したから、行き交う人々が怪訝な目を向けた。

「嫌。。違うよ。本当に、分からないんだね」

蜘蛛は、小さくため息をついた

「ずーっと、探して。みんな探して、あちこち行ったよ。何人も、見つかり殺された」

「誰に?」

「分からないんだ。君を守ろうとする者達なのか。消そうとしている者達なのか。」

犀花は、口を抑えた。

「あの、狐の。。。」

「とは、違うんだ。君は、全く関係のない国に隠されたんだね」

蜘蛛は、カサカサと音を立てて、側の木に移ろうとしていた。

「何が、なんなのか。分からない。」

ナチャは、白い糸を穿いて、風に任せて飛んでいく。

「何かあったら、僕を呼んで、何処から出も、駆けつけるよ。マスター」

風に乗って、ナチャの声が届く。

「君の母さんには、気をつけて」

自分の母親が、何者か、分からない。あの時、母親は、一本の燃え尽きた木になっていたのに、翌朝は、何もなかったかのように現れた。自分を憎み、痛めつけてきた人が、自分を守る人なんて、あり得ない。

「封印がある」

自分の封印。幼い日の思い出は、少ない。あの事故以前の記憶は、残っていない。炎上した車。自分を庇い亡くなった父親。泣き叫ぶ母親。事故の記憶は、不鮮明で。それ以前の記憶もなく、父親の顔もよく思い出さない。思い出せるのは、父親に教えてもらったルーン文字。色、魔術。蝋燭の炎。厚手のカーテン。煌めく水晶。むせる香。断片的なものだけで、父親の顔はなく、声だけだった。

「人の心も、空模様も変えられる」

父親は、よくそう言っていた。母親に一度、ルーンと父親の話をしたが、ひどく怒り、ぶたれてしまった。あの日から、一度も話をしていない。

「もう、帰った方がいいよ」

声をかけてきたのは、あの冴えない柊雨だった。

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