第17話 ほら、間に合っただろう

 桜の花びらが舞っている。

 先日の大雨でかなり散ったから、そろそろ見納めだろうか。


 ユウナの足取りが重い。

 十歩くらい進んでは一回止まり、また十歩くらい進んでは一回止まる。

 どうやら胃のあたりが痛むらしい。


「大丈夫? 体調不良?」

「ヤバい……学校が近づくにつれて腹痛の波が大きくなってきた。会社に行きたくないサラリーマンと同じ現象かも」

「マジかよ」


 ハルトとユウナは徒歩通学だ。

 同じ高校に通っており、校門まで半分くらいの地点にいる。

 ユウナは『><』の表情になっており、本当に苦しそう。


 にしても困った。

 いつもより家を出たのが遅いし、このペースだと確実に遅刻してしまう。


「私を置いて先に行きなよ」

「できるわけないだろう。顔色だって悪いじゃないか」

「私のことはいいから。ハルくんまで遅刻する必要はないって。これは私一人の問題なんだよ。きっと天罰なんだよ」


 同じ制服の生徒がダッシュで追い越していく。

 そろそろ急がないと本当に遅刻しちゃうらしい。


「ほら、ハルくんが走ったら間に合う。私はもう無理だ。足が遅いし、そもそも走れる状態じゃない」

「ユウナ……」


 目の前に用意された選択肢は二つ。


 ユウナを見捨てて一人だけ助かるか。

 姉弟そろって始業式から遅刻するか。


 普通に考えたら前者だろう。

 ミラクルでも起こさない限りユウナは助からない。

 そのユウナが『私を置いていけ』と言っている。


「ほら、乗れよ」


 ハルトはその場にしゃがみ込む。


「おんぶしてくれるの?」

「校門の前までな。そっから先は自分で歩けよ」

「だって、ハルくん、遅刻しちゃうよ」

「皆勤賞とか狙ってないから」


 逆の立場ならどうだろうか。

 ユウナは弟を見捨てないはず。


 だからハルトも見捨てない。

 それだけの単純な話である。


「なんか、ごめん。迷惑かけてばかり」

「お互い様だろう。それと一個だけ訂正しておく」


 一つになった姉弟は早足で歩き出した。


「遅刻って決まったわけじゃない。今ならギリギリ間に合う。しっかりつかまっておいてよね」

「いやいや! 無理だって!」

「うるさいな〜」


 背中で暴れるユウナを叱りつけた。


「無理かどうかは俺が決めます! ユウナは大人しく背負われていてください!」

「……はい」


 ハルトは歩くペースを上げた。

 周りから見たら『何やってんだ、この男女』みたいに映るだろうか。


 ちょうどいいタイミングで信号が青になる。

 どうやら天の神様も応援してくれるらしい。


 まだ間に合う! まだイケる!

 自分の心に言い聞かせる。


 校門のところでユウナの友達に出会った。

「何やってんの、アンタら」と笑われる。


「ほら、間に合っただろう」


 ハルトはひざに手をついて、はぁはぁと呼吸を整えた。

 肌寒い日というのに制服の下は汗でびっしょりだ。


「ハルくん……君ってやつは」


 ユウナの目がうるむ。


「漫画の主人公みたいな無茶をしやがって。感動したせいか、私の腹痛が引っ込んじゃったじゃないか」

「今度出かけた時、ジュースおごれよな」

「何本だっておごってやるさ」


 横殴りの風が吹いて、ピンク色の花びらが粉雪みたいに舞った。

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