第16話 行きたくない! 行きたくない! 行きたくない!

 始業式の朝がやってきた。

 およそ二週間の春休みが終わり、久しぶりに制服をまとう日だ。


 ユウナは昨日からブルーである。

『明日なんか来なけりゃいいのに……』と呪文のように呟いて、一歩も家から出ようとしなかった。


「今年度が最後の高校生活だろう。スタートくらい前向きな気持ちで迎えろよ」

「嫌だ。ハルくん、学校へ電話して。水瀬ユウナは死にましたって」

「無理だよ。生きてるじゃん。死んだって言われても先生が困るよ」

「マジだって。私の心臓、止まっている気がする。ゾンビ人間だよ」

「おい……」


 ここはユウナの部屋である。

 床には漫画本や空のペットボトルが散乱しており、メンタルの荒れ具合を物語っている。


 分からん。

 新学年の初日なのだ。

 学級委員とか決める日だし、欠席した方が気まずくならないか。


「起きろって! 遅刻するぞ!」

「行きたくない! 行きたくない! 行きたくない!」

「観念しなさい!」


 無理やり布団を引っ張ると、ユウナの体ごと床に落ちた。


「いった〜! 今の衝撃で尾てい骨折った〜! 今日は学校休みま〜す!」

「こいつ……」


 意地でもサボる気らしい。


 救いようがない姉だろう。

 放っておいたら一日中寝ているはず。


 昔はもう少しマシだった。

 両親が海外へ行ってから怠惰たいだに拍車がかかっている。


「分かったよ。そんなに休みたきゃ休めよ」

「え、いいの?」

「ただし……」


 ハルトは床に座り込む。


「ユウナが休むんだったら俺も休むからな」

「えっ〜⁉︎ ハルくんは行きなよ! 新しいクラス分けとかあるだろう!」

「ユウナも一緒じゃないか」

「まあ……」


 ユウナは布団から首だけ出した。

 臆病おくびょうなカメみたいに。


「それなら電話してやる。俺も休んでユウナも休むか。俺も登校してユウナも登校するか。好きな方を選べよ」

「うわ〜! 卑怯ひきょうだぞ!」

「ユウナに言われたくないね」


 ユウナはうつ伏せになって、う〜う〜泣き始めた。

 どうせ演技なので心配する必要はない。


「分かったよ。行けばいいんでしょ、学校に。これから準備するよ」

「早くしてよね。いつもなら家を出ている時間だから」


 ユウナが用を足している間に朝食のシリアルを出しておいた。

 それからユウナの制服を持ってきて、クリーニングのビニールを外してあげる。


 本当に世話がかかる姉だ。

 気づけばユウナの持ち物もハルトが用意している。


「サンキュ〜」

「髪がボサボサだけど大丈夫?」

「い〜の、い〜の。私の髪型とか誰も気にせんって。整えるだけ時間のムダだよ」


 残念というか、ズボラというか。

 清楚にしとけば彼氏の一人くらい作れただろうに。


「そんなに学校って嫌かな。友達がいないわけじゃないのに」

「ハルくんはハートが強くていいね。きっと将来、優秀なサラリーマンになれるよ」


 ユウナに胸元をツンツンされる。


 玄関のドアを開けると、頭上には抜けるような青空が広がっていた。

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