第15話 愛って原動力なんだよ

 うたた寝から目覚めたハルトは枕元のスマホに手を伸ばした。


 三十分くらい寝ていたらしい。

 市販薬を飲んだせいか、頭の中がスッキリしている。

 ベッド脇の椅子には雑炊の器が置かれており、デンプンが乾燥してウロコみたいになっていた。


 ユウナが寝ている。

 ベッドに頭をのせてく〜く〜と。

 左手にタブレット端末を握っているから、絵を描きながら寝落ちしたらしい。


(黙っていりゃ、美人なんだよな……)


 何を描いていたのか少し気になる。

 WEB漫画の続きか。

 新しいイラストか。


 エロ漫画家になる、みたいな宣言をしていたが、そもそも美少女の絵を描けるのだろうか。


 ユウナを起こさないようタブレット端末を奪い取った。

 パスコードの入力を求められたのでユウナの生年月日を打ち込む。


 エディターのアプリが起動していた。

 人物のイラストが八割くらい完成している。


「これは……」


 ハルトは端末を落としそうになる。

 そこに描かれていたのは、漫画の主人公でもなく、美少女のエロ画でもなく、ハルトの寝顔だったのである。


 漫画風にデフォルメされているが、間違いなく自分だ。


 絵の良し悪しは分からない。

 が、短時間で描いたにしては上手いと思う。

 しかも余白のところに可愛い字で『ハルくん、ラブ』と書かれており、ハートマークまで添えられている。


 不覚にも心拍数が上がってしまう。

 ラブレターをもらった少年みたいに手で口元をガードした。


「くっくっく……」


 ユウナが目覚めた。

 いや、元から起きていたらしい。

 イタズラに成功した子供みたいにアーモンド型の目が笑っている。


「どうかね? ドキッとしたかね?」

「タヌキ寝入りかよ。趣味わりぃ〜な」

「ハルくんがどんな反応するのか気になってね」


 まんまと罠にかかったらしい。

 ハルトは汗ばんだ髪をクシャクシャして、ユウナが買ってきてくれたスポーツドリンクを一口飲む。


「まあ、普通に上手いんじゃないの」

「それだけ?」

「ラブって何だよ」

「愛だよ、愛。この世には愛が不足しているだろう」

「小っ恥ずかしいな。真顔で愛とかいうなよ。胡散臭いだろう」


 ニヤニヤが止まらないユウナにタブレット端末を返しておいた。

 とげのある言い方になったのは照れの裏返しだろうか。


「でも、愛って、好きの強化版だろう。私は漫画を愛しているから漫画を描いている。ハルくんも小説を愛しているから小説を書いているんだよね」

「あ〜、まあ、そうなるのかな」

「そう考えると、愛って原動力だと思わない? 行動できない誰かにも、愛を注射したら変わると思わない?」


 ユウナにしては良いことを言う。


「だから、ハルくん、私を愛して応援してくれたまえ。私もハルくんを愛して応援するから。これって愛の永久機関じゃないかな」


 ハルトはぷっと吹き出した。


「ユウナのくせに永久機関なんて言葉、知ってたんだ。ちょっと意外」

「なっ⁉︎ お姉ちゃんをバカにしやがって! 永久機関って、球が永遠にグルグルするやつだろう! ちゃんと学校で習ったんだから!」

「はいはい……」


 タブレット端末でぺしぺし殴られたけれども、あまり痛くなかった。

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