第14話 命賭けているんだよね

 風邪を引いてしまった。

 動物園からの帰り道、にわか雨に打たれたのが原因だった。


 頭の奥がジンジンする。

 枕元にあるスマホを起動させる気すら起こらない。


 今が春休みなのを喜ぶべきか悲しむべきか迷っていると、寝室のドアが開いて、腰にエプロンを巻いたユウナが入ってきた。


「は〜い! ハルくん! 雑炊ぞうすいを持ってきたよ〜!」

「おう、ありがとう」


 ユウナは上機嫌だ。

 昨日から至れり尽くせりのサービスを提供してくれて、下心でもあるんじゃないかと疑いたくなる。


「下心? 嫌だな〜。私たち、二人きりの姉弟じゃん。支え合って生きるのが当たり前でしょ」

「別人すぎるでしょ」


 ユウナは椅子を持ってきて、そこに雑炊の器を置き、ハルトに食べさせようとしてくれる。


「ほらほら、お口を開けたまえ」

「いいから。一人で食べられるから」

「お姉ちゃんの親切を無下にしたらバチが当たるよ」

「なんか調子が狂うな〜」


 ユウナの指に巻かれてある絆創膏ばんそうこうを見つけた。

 ハルトの記憶が正しければ昨夜はなかったはず。


「どしたの、それ?」

「いや〜、雑炊作っていたら包丁で指を切っちゃってさ」

「明らかにおかしいでしょ。この雑炊を作るのに包丁は使ってないよね」

「バレちゃった。てへへ」

「全然可愛くないから」


 絆創膏はファッションで、下は無傷だった。


 最近、ユウナは変だ。

 テンションのアップダウンが激しい気がする。

 いきなり自暴自棄になったり、昨日みたいにエロ漫画家になるとか言い出したり、安定感を欠いており、メンヘラ属性が入っている。


 そのことを本人に指摘すると、


「これもキャラ作りの一環だよ」


 と笑っていた。


「本気でエロ漫画家になって、動画配信者を目指すの?」

「もう覚悟を決めたんだ。エロ漫画家になれなかったら、この街の一番高いビルから飛び降りて死ぬ」

「うわっ、やめろって。縁起でもない。地元のニュースになるでしょ」

「それだけ命賭けているんだよね」


 ユウナが本気になるのは珍しい。

 いったん火がついたら簡単に諦めなかったりする。


 次の初詣のお願いは『ユウナが無事エロ漫画家デビューできますように』になりそうだと思い、雑炊に食らいついた。


 しっかりと噛みしめる。

 優しい塩味が活力をくれる。


「は〜い、お口あ〜ん」

「好きだねぇ」


 素直に甘えておいた。


「ハルくんが風邪引くなんて珍しいしね」

「まあ……そうかな」


 ユウナと出会って十年は経つ。

 昔は何かと『私がお姉ちゃんだから!』といってハルトの前を歩きたがった。


 変化が訪れたのは小学校の中学年くらい。

 ハルトの身長がぐんぐん伸びて、ユウナは妹でハルトは兄、みたいな間違われ方をすることが増えた。

 周りもそれを笑いのネタにした。


(あの時のユウナ、本当はけっこう傷ついていたんだな)


 二人は家族。

 だから比較される。

 もう一度人生をやり直せるなら、少しは上手いフォローができるかもしれない。


「どう? 美味しい?」

「美味しいに決まっているだろう」

「やった。私が一人で作った料理、誰かに褒められるなんて初めてかも」

「俺は弟なんだから。ノーカンでしょうが」

「でも、立派な男の子じゃん」


 ユウナが無垢むくっぽく笑うものだから、どう反応したらいいのか迷ってしまい、気づいたら照れ笑いしていた。


 立派な男の子なんて言葉、言われるのも初めてだった。

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