第11話 アレが人間を怖がるタマか⁉︎

 動物園の入園ゲート前は、春休みということもあり、家族連れや若いカップルでにぎわっていた。


「入園チケット、二枚お願いします」

「はいはいはい! 片方は小学生料金でお願いします!」

「いや、こいつ、十七歳なんで。高校生二枚でお願いします」

「ちぇ〜。バカ正直に答えてやんの〜」


 不貞腐ふてくされているユウナの頭を拳でグリグリしておく。


「虚偽の申告って軽い犯罪だからね」

「ぶ〜ぶ〜」


 ロリ体型を活かしたい! というユウナの気持ちも分かるが、入園料を浮かすのはスタッフと動物に対して失礼だろう。


 まずはマップを入手する。

 パーク内は『アジア地域』『アフリカ地域』『アマゾン流域』といった具合に区切られており、好きな順番で回れる。


「ルートはユウナが決めなよ」

「よっしゃ! アフリカのサバンナが最後だな!」


 まずはアジア地域から。


「うおっ! インドゾウだ! でっけぇ! 糞もでっけぇ!」

「おい、大声で糞とかいうなよ」


 写真を撮って両親に送信する。


「うおっ! オランウータンだ! メッチャ頭悪そう!」

「向こうもユウナのこと、バカだと思っているんじゃないかな」


 ここでも写真を何枚か撮影。


「インドライオンか〜。こいつら、いつも寝ているな〜」

「夜行性なんだよ」

「大学生かよ」

「おい……」


 スマホを操作するユウナが不敵に笑った。

 何をするのかと思いきや、弟にカメラを向けて撮影ボタンを押す。


「ホモ・サピエンス、発見!」

「俺を激写するなって」


 見せてもらった画面には呆れ顔のハルトが写っている。

 悔しかったのでユウナのアホ面も撮影しておいた。


「私たちってカップルに見えるかな?」

「どう考えても兄妹にしか見えないでしょ。カップルっていうのは、ほら」


 近くの男女を指差した。

 仲良く手をつないでいるし、腰と腰の距離だって近い。


「ユウナはあっち系の人種だね」


 大はしゃぎしている小学生の女の子を指差す。


「もう、ハルくんったら。今日って、付き合って一周年の記念日なんだよ」

「勝手に彼女ヅラするの、やめてくれない」

「くっくっく……照れるなって」

「照れてねぇし」


 ユウナが楽しそうなら何でもいいか。

 そう思い直して歩き出す。


 三十分くらい楽しんだ時だ。

「あれ? スマホがない」とユウナが荷物を漁る。


「おいおい、さっきまで左手に持っていたでしょう」

「トイレに置き忘れちゃったかな」


 確認しに戻ったが、トイレには見当たらない。


「俺のアプリで探すか」

「そんなこと、できんの⁉︎」

「うん、ユウナがスマホ落とした時のために位置情報を拾えるようにしてある」

「ハルくん、天才かよ!」


 マップに点が表示された。

 アプリが示したのはニホンザルのエリアだった。


「おい、柵の中に落としてんじゃねぇかよ」

「うっそ〜ん!」


 手の届かないところに見慣れたスマホがある。

 しかも近くに『カメラ等の電子機器を落とさないよう注意してください!』の看板が立っている。


「木の棒を伸ばしたら回収できるかな?」

「腕が伸びる能力の持ち主じゃないと無理でしょう」

「しょぼ〜ん……」


 悩んでも仕方ないので総合案内のところへ電話した。

 すみません、うちのバカ姉貴がスマホを落としちゃいました、と。


「飼育員さんが拾ってくれるってさ」

「マジか〜。申し訳ないな。帰る時、一番でっかいぬいぐるみを買っていくか」

「そうだね。罪滅ぼしした方がいいレベルの事故だね」


 サルが一匹、ユウナのスマホに気づく。

 金属製のボディが珍しいのか地面を引きずっていく。


「おい、クソザル! 汚ねぇ手で人様のスマホに触ってんじゃねぇ!」

「やめなって。おサルさんが怖がるだろう」

「アレが人間を怖がるタマか⁉︎」


 サルが舌打ちした……ような気がした。

 少なくともユウナの暴言は伝わったらしく、殺気をたっぷり含んだ目で見てくる。


 負けじとにらみ返すユウナ。

 サルも眉間にシワを寄せてフガフガと鳴く。


 とうとう悲劇は起こった。


 サルは段差からスマホを落としたのである。

 おむすびコロコロみたいに転がっていく文明の利器。


 その先で待ち受けていたのは冷たいプールだった。

 別のサルがやってきて、ユウナのスマホが落ちたあたりに小便を垂らす。


「あ〜あ、やっちゃった……」

「くわぁ〜! あいつら〜! 処女のスマホをけがしやがった〜! ゲホッ! ゲホッ! サルの皮をかぶった悪魔だぜ!」


 この後、飼育員さんに拾ってもらったわけであるが、防水機能が生きており、スマホはピンピンしていた。

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