第10話 この星は営業終了です

 そろそろ目的の駅という時。

 お茶のペットボトルが一本、転がってきてユウナの足にぶつかった。


 持ち主はシルバーカーを押したおばあちゃん。

 電車の振動で転げ落ちたらしい。


「落としましたよ」


 ハルトが声をかけて、ユウナがおばあちゃんに手渡す。

 ちょっとした親切シーンになるはずが……。


「ありがとう。妹さんは小学生ですか?」

「いや〜、小学生ではないですね」

「ああ、中学生でしたか」

「実は中学生でもなくてですね」


 高校三年生の姉ですね。

 そう訂正するハルトの声は弱い。


「これはこれは失礼しました」


 温和そうなおばあちゃんは次の駅で降りていった。


「くそっ! あの耄碌もうろくババア! 私が小学生だと! 恩をあだで返しやがって! いっぺん眼科へ行ってこい!」

「こら、ユウナ、言葉が汚いよ。あの人に悪気はなかったんだからさ。もう許してあげようよ」

「ぐるるるるッ〜!」


 珍獣モードに入ってしまった。

 こうなったら並大抵のことじゃ収まらない。


(でも、まあ、被害者だしな……)


 少し可哀想な気はする。

 チンチクリンは本人にとって最大のコンプレックスであり、見ず知らずの人から責められた気分だろう。


「あ〜あ、えちゃった。せっかくの旅行なのに萎えちゃった。もうお家に帰りたい」

「おい、親に写真を送らないと。動物園へ行くって伝えたんだし」

「ハルくん一人で行ってきて。私、駅前のネカフェにいるから」

「お前なぁ〜」


 ユウナの背中から濃いめのネガティブオーラが立ちのぼっている。


 元気を出せとか言うつもりはない。

 背が低いのは明らかなハンディキャップであり、この苦しみは背が低い人にしか分からない。


 だから否定もしないし肯定もしない。

 気休めを言ったところで何一つ解決しない。


「ば〜か。ば〜か。もう地球なんて滅びたらいいのに。はいはい、この星は今日で営業終了で〜す。約八十億人の皆さん、残念でした〜」


 ハルトはやれやれと首を振り、スマホの画面を突きつけた。


「ほら、これ」

「何だよ」

「動物園のランチメニュー。けっこう充実していて人気らしい。一日限定十食のやつとかあるし。食べたいやつを好きなだけ食べなよ」

「おお、うまそう。サファリパフェがある。私、これも食べたい」

「ダイエット中じゃないの?」

「う〜ん……食べる!」

「じゃあ、デザートは二人で半分こね」

「くぅ〜、動物園のランチってプレミア価格だな。いい商売しているな。でも、動物を見ながら動物の肉を食うって、最高に優越感があるな。やっぱり百獣の王はライオンじゃなくて人間だよね」

「最低の発想だな」


 目的の駅に着いたのでユウナ、ハルトの順に降りた。


「ほらほら、ハルくん、急げ」

「走ったら転ぶよ」


 世話がかかる姉だけれども、物で釣るのがコツだったりする。

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