第3話

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調査の結果、全く何もわからない、ということが二人には分かった。


ナイフの出どころもどうしてそんなものが掘り出されたのかも、全く持って伝わってこない。なんかヤバイ事件を少年が解決したというところしか理解できず、それ以外はありとあらゆる言葉で伝えられる、ファンタジアだけ。


それらすべてがもたらすのは、単純に現場を調べること以外にやることはない、ということだった。


だから二人はこうして、主人の自殺現場へと歩いてきたというわけである。


住宅街の白黒の石材と橙に近い煉瓦で造られた家々の中に、ひとつ大きく壊れた宿屋があった。美しく見える様に整えられたクズのツタ、あえて剥き出しにされた石組と、真っ白い漆喰に飾られた壁。合わせてダークオークの窓が、重ねる色で並んでいる————しかし本来そこにあるべきな人通りはなく、誰が見るわけでもないがらんどうの城に成り果てている。


「で、ここが現場ねぇ……。どこかぶっ壊れたってのは聞いたけれど、存外綺麗なものじゃない。本当にここであっているの?」


「あってますよ。壊れたのは裏側ですし、窓を突き破って逃げてったのと、屋根の上でチャンチャンバラバラしたくらいですから。少し枠と壁に呪いの傷跡残しちゃっただけですし、刻印そのものは全部吸ってありますから、わからなくて当然です」


それでも何か残っていたら、その時はその時でと彼は魔法瓶を取り出す。それから解呪だのの準備をしつつ、さあ行きましょうと声をかけようとする。


「って、師匠?」


けれどそんな彼を見もしないで、イジンは正面から扉の締まっている宿屋へとつかつか進み、扉が開くかがちゃがちゃ試すのである————当然鍵は閉まっている。店主であるローランがいないのだから、当たり前だ。入れるわけがあるか。


「師匠?いきなり何を始めるつもりなんです?」


だからこそ彼女は、ガチャリと鍵を開けてしまえて、普通に中に入りこんでしまえるのである。

いきなりな事象にニタはやっぱりついていけないなぁと思いながら、何かあるのではと彼女についていっていいのかとわずかに悩む。


その間にも彼女はまっすぐ進んでいくので、仕方なくニタは隣に走った。


「細かい話は後ね。とりあえず調べるだけ調べましょう」


そうして彼女は家へと侵入する。

中は存外綺麗なままだった。


フローリングもワックスがかけられているし、数日の間に埃が積もることもない。調度品一つ一つも同じで、珍しいガラス窓には、割れたものの代わりに丁寧に切り出された板まではまっている。その気になればすぐにもう一度宿を続けられるように手入れされている————これは彼女の想いなのか、それとも。


なんてのをニタが考えていると、いきなりイジンがものをぶち壊し始めるので彼は驚くのであった。


「いや、そうじゃなくて何をしているんです?いきなり人んちの鍵開けて扉開けてって、まるで泥棒じゃないですか。さっきハニーサンド食べたとき家政婦になってほしいって言ってたのはどこに消えちゃったんですか。砂金いっぱい投げたじゃないですか!あれどうしちゃったんですか!」


だんだんとクレシェンドしていく彼の声は、むしろこちらが師匠なのではと言いたくなる様子である。だから当然イジンは気にすることはない。


「ああ、あれ先払いの迷惑料なだけよ。それにあなたがいたらだいたいフリーパスじゃない?ヤバイのが見つかりましたー!って言えばいいのよ、バレたときは」


花瓶だろうと皿だろうとお構いなしだ。


「いや、だから…………師匠!法律ってもんがこの世にはあるんですよ!人んちのもん壊すのはさすがにヤバイの見つかったからでも怒られますって!ねえ師匠!」


パリンパリンと高い音が響く。ストレス解消するように、彼女は家の中にあるものすべてを壊していく。

箪笥を全て引き出し、なにも入っていなかったりタオルがあるのをまき散らしたり。もうここまでくると泥棒だったほうがマシなのではないか?と足の踏み場を無くしていっては、浮遊して違う部屋へと進んでいく。


「師匠!何がしたいんですか師匠!ねぇ!やめてください師匠!そろそろナイト来ちゃいますから!」


「いいのよ、これで。来たら来た時でツテはあるわ。それに————」


そしてまた部屋の中を荒らし切ったイジンは、今度は開口部を出来る限り封じようとし始める。


「それにどうせ、戻したいなら勝手に戻ってくれるわ。だからいいのよ。あなたの傷の方が問題————一生ものなおらないのよ?それ。つけられた奴にキレ散らかしていいのよ、あなたにとっては」


「僕が怒ってないからいいですよ!」


「じゃあそうねぇ……優しい君だから雑に論破したかったんだけど、駄目かぁ。じゃあうんまあ、直球に行こうか」


それはすぐに終わって、最後に入ってきた扉の鍵を閉め、キッチンからいつの間にか盗み出していた肉を床に叩きつけてから彼女は破壊を続ける。


肉に残っていた血がわずかにあたりに飛び散る————本当にあの人は、何をしているのか。


ニタは白髪にかかっていないか心配になり、タオルを取り出そうと溜息を吐く。けれどどうしてかうまく吐けず、空気が出て行きもしないし吸えもしない。中間な不思議な状態になって、何をしているのか、という思考の意味を変える。


その場にダイヤモンドダストのように漂った血液に気づいて、まさかこれってと逆さまになり始めた部屋について考える。


そういうことをしているイジンが、ニタに雑に考えをやる。


「これから全部に残ってる取り切れない呪いを戻すから、ちょっとばかし騒々しくなるわ。守れるからあんまり心配しなくていいけれど、でもちょーっと面倒をするわ。だからニタ————」


そしてパチンと指を鳴らした。


瞬間、重力の方向が反転したのが彼にわかった。イジンそのものの向きも戻り始めているのが見えると、彼女が自分の異能を解き放ったのだと明確に理解できた。というかだから閉じてたのか、だから、ぶっ壊してたのか!


ニタは天井に叩きつけられないように身構え、戻っていく物体を目にしながら着地。


時間をさかのぼるようにくっつき、ねじれを戻し、折りたたまれて、在りし日へと姿を戻して、最後にそれは中にある思いだけを残して修復される————そして戻れずに残った重い感情たちが、その場にドタリと落ちて集まる。


「せいぜい死なないでね」


その中には当然、呪いまでもある


。それは一つずつは小さかったけれども、深い思いと結合して育って行ったならば、あの時以上の呪いの怪物であり、人為的な虚無の悪であり…………!



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