第2話

「はじめまして」


 快活に笑ったその人の顔を見て、私の頭に浮かんだ言葉は「黄金比」だった。


 目の大きさ、鼻の形、唇の厚さ、額の大きさや頬のラインまで。


 一つ一つの顔のパーツは、優司やその御両親それぞれによく似ている。

 ただ、その配置があまりにも違った。

 全てがあるべき場所に収まり、歪みがない。

 イケメンなどという言葉が軽く聞こえてしまうほどに、彼は完璧な顔立ちをしていた。

 いや、顔だけでなく出で立ちそのものが。

 この人物は優司と御両親の器量の良い部分の上澄みでできているようだった。


「は、はじめまして、中北なかきた美奈子みなこと申します」


 気後れしながらたどたどしく頭を下げた。


「まあ上がってよ」


 玄関先で頭を下げあっている私達に、優司が声をかけてリビングまで促した。心無しか、その声には緊張と不安が混じっている気がした。


 あの夜、優司から話を切り出された時は半信半疑だったが、実際にお兄さんに対面することで私はすっかり納得してしまった。これは、無理もない。


◇ ◇ ◇ ◇


 秋の夜長に恋人が聞かせてくれた。


 曰く、優司のお兄さんの周りの人間は、ことごとくお兄さんに魅了されてしまう、と。特に恋愛方面において。

 優司が好きになった人、さらにはこれまで付き合った人ですらお兄さんに会うとそちらに惹かれてしまい優司が振られてしまうらしい。

 中にはお兄さんに近づくために手始めに優司を口説く輩もいたそうだ。


「それでよく兄弟の仲がこじれなかったね」


 小さなソファで、いつの間にか優司は私を抱き寄せていた。その大きな手は少し震えていた。


「……兄貴はすごく優しくて頭も良くて、頼れる良い兄ちゃんでさ。誇りに思ってる。それに、完璧に見える兄貴でも、一つだけ欠点があるし。」


「欠点?」


 何となく言い方が引っかかり、思わず優司の顔を見た。


「言葉がキツかったかな。欠点ていうか……変なとこがあるんだよね。いや、これ以上言うと不出来な弟の僻みみたいになっちゃうなあ。あっ、それに、運動神経だけは俺の方が良くて、だからギリギリ兄貴を恨まないでいられてるんだ。」


 欠点、という部分の説明に物足りないところがあったが、身内の具体的な悪口は言いたくないのだろうと流すことにした。

 それに人間一つや二つおかしな部分はあるものだ。

 ふと、お兄さんには恋人はいないのだろうかと疑問が浮かんだが、ここで聞くとおかしな嫉妬を呼び起こしそうだなと思って黙っていた。

 私は優司の恋人なのだ。その兄の恋愛事情を知ってどうなるというのか。


「そうそう、兄貴、ちゃんと付き合ってる人はいるんだよ。」


 私の心の声を聞いていたかのように、優司が教えてくれた。


「へえ、じゃあいつかその彼女さんとも御挨拶しなきゃだね」


「……んー、どうかな……そうだね、たぶん」


 急に歯切れが悪くなったことを、私は「お兄さんは一人の人と長く続かないタイプなのかもしれない」と解釈した。それなら、欠点と言えないこともない。


「兄貴に恋人がいようがいまいが、言い寄る人間は昔から後を絶たないんだ。俺は美奈子さんのこと信じてるけど、万が一ってことがあるから、今まで兄貴を紹介できなかった。美奈子さんが兄貴に会って心変わりしてしまったら……俺、立ち直れそうにないよ」


 優司の腕に力が入る。身を預けながら、私はその手を何度も撫でた。


「でも、結婚するとなると顔合わせしないわけにもいかないからさ」


「大丈夫だよ。前から言ってるでしょ。私は優司に初めて出会った時に“運命”を感じたんだから」


 その言葉に、何一つ嘘は無かった。




◇ ◇ ◇ ◇




 優司に感じたのと同じくらいに強い予感を、私は優司の兄に感じたのだった。


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