歪みのない奥山さん

惟風

第1話

 同棲して二年目になる恋人の優司ゆうじが、何やら神妙な面持ちで私に話しかけてきたのは残暑が和らいできた九月末の夜のことだった。

 風呂上がりの弛緩した空気の中、やけに背筋を伸ばして私の隣にかしこまって座ってきた。


「……俺に、兄貴が一人いるって話は前にしたよね」


 元運動部の彼と並んで座ると、二人がけのソファが狭くなり、買い替える時にはもう少し大きめのサイズにしたいなと思う。いつも。今も。


「うん。こないだも旅行のお土産を貰ってたの覚えてる」


 いつもののんびりした口調とは違う話し方に、私も姿勢を正した。

 先日、優司の実家に伺って御両親に挨拶したが、お兄さんには会うことはできなかった。遠方に住んでいて多忙との理由で。


「今度さ、その……兄貴がウチに来たいって言ってて」


 床に視線を落としながら、彼はモゴモゴと言った。ピンと伸びていた背中が、みるみるうちに丸くなっていく。


「あ、なら片付けとか掃除とかしなきゃだね。ちゃんとした服着た方が良い? キレイ目のワンピースとか」


「ちょっ、ちょっと待ってほしいんだ、顔合わせする準備をする前に、聞いてほしいことがあって……」


 大きな身体をしぼませて、恋人はますます目を伏せてしまった。

 一瞬、厳つい眉をキュッと寄せて、大きくため息をつくとおもてを上げた。


「ねえ美奈子さん。」


 少しエラの張った角ばった顔を私に近づけて、か細い声で聞く。


「俺のこと、好き?」


「へっ? あ、え、うん」


 全く脈絡を掴めない言葉だったけれど、即答しなければいけない質問な気がして、声の大きさ以上に激しく頷いて見せた。

 私達の交際は、私が優司に半ば一目惚れしたような形で始まっている。

 ドラマのような情熱的な付き合い方はしていないけれど、概ね良好な雰囲気を保ったまま、結婚の話まで出ているのだ。

 今さら好意を疑われるのは心外だったし、小さな芽も残さずに不安は潰しておきたい。

 私の返答を聞いた優司は少しホッとした顔になると、静かに話し始めた。


「急に変なこと言ってゴメンね。実はさ……」


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