掌編小説・『マラソン』

夢美瑠瑠

掌編小説・『マラソン』

(これは、今日の『マラソンの日』にアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『マラソン』


 「24時間テレビ・LOVEは地球のみんなを救う」の、恒例の「トライアスリート耐久マラソン」の今年のランナーは、大分ゆうこりん、という美貌のアイドルだった。

 彼女は「コリンウィルソン星から来たイチゴトマト姫」というキャッチーなニックネームで売り出して、トップアイドルになり、天真爛漫なかわいらしさとあどけないキャラクターで人気を博していたのだった。

 見るからにかよわいイメージから「果たして完走できるのか?」が、危ぶまれて、SNSの話題になって、#ゆうこりん決死の激走? #ゆうこりん大丈夫? という言葉がトレンドになったり、ゴール前でゆうこりんがばったり倒れて絶命する様子を真似る、不謹慎な遊びがアングラで流行ったりした。


 当日は秋晴れのマラソン日和で、2か月間高地トレーニングや水泳、サーキットトレーニングで心肺機能と筋力を向上させて、本番に臨んだゆうこりんは、インタビューでも「絶好調です。とにかく完走が第一目標で、見ている皆に勇気を与えたいと思います!」と、可憐で健気な笑顔を振りまいていて、いやがうえにも番組の雰囲気、茶の間の雰囲気は盛り上がった。


 スタートした時は、ゆうこりんのペースは快調で、ストライドも申し分なかった。

 この日のために一日平均30㎞のロードワークを重ねていて、本番では24時間走り続けると言って、142.195㎞の予定コースだったが、まあ途中で何度休憩を取ってもいいし、要するにチャリティショーの呼び物の趣向というか、参加することに意義がある、とまあそういうノリで、視聴者もゆうこりんも全く悲愴感とかは無かった。


 走っている間には様々なハプニングがあり、視聴者もハラハラしたり、感動したりの連続だった。

 汗でも流れない特殊なメイクをしていたのだが、かなり強いにわか雨が襲来して、だんだんに素顔に近い顔がさらけ出されてしまったのだが、アイドルだけあって、すっぴんも愛らしくてかわいくて、好評だった。「赤ちゃん肌見れてラッキー」などというネットの書き込みもあった。

 

 この仕事のギャラは800万円で、リタイアしてもしなくても金額は一緒だった。

 前からLEXUSが一台欲しかったので、その購入費用に充てる予定だった。

 苦しい時には無意識に「レクサス、レクサス」とつぶやいていて、レクサスを購入した後のバラ色の未来を想像して頑張った。


 走り始めてから一昼夜をはるかに過ぎて、ゆうこりんの疲労困憊加減も絶頂に達していた。

 長距離走者は誰でもそうかもしれないが、走っているうちにだんだんいったい自分がどうして走っているのか?とか、苦しい思いをしてゴールを目指す、そういう営為自体に根本的な疑問が生じてきたりする。健康のためにはあまりよくないことは明らかで、何だったら体調が悪化したというのを言い訳にして、挫折、リタイアという選択肢もありえた。

 が、テレビの前にはおそらく何千万人という視聴者が固唾をのんで成り行きを見守っていて、そういう見えないパワーというか、元気をくれる背後霊のようなものが後押ししてくれているような感覚はあった。


 終盤では、もうほとんど両脚が棒のようになってきて、 ゴールは永遠に先にあって、亀を追っているアキレスのように決してたどり着けないのではないかという、そういう絶望感すら生じてきた。


 放送時間の合間を縫って、バス移動したことが三度あったが、路程の大部分を自力で走りぬいたので、体重は6㎏くらい落ちて、やつれきってもいて、痛々しいような風情だった。


 まさか弱弱しくて、あどけないお姫様のようなゆうこりんが本当に完走できるとは、誰も思っていなかったので、いよいよテレビ局の敷地内にゴール寸前のゆうこりんが苦しげに顔を歪めて、荒い息をつきながら現れると、一斉に大歓声が巻き起こった!


 ハッピーエンドの大団円の結末かと思われた…


 が!ゆうこりんがテープを切った瞬間に、突然ゴゴゴゴゴ、という凄まじい轟音が響き渡ったのだ。

  「何だ!?」

 人々は驚いて逃げ惑った。

 

 見よ!

 超巨大なUFOが上空から荘厳なムードを纏いつつ出現した!


 実はこれは、「コリンウィルソン星」から飛来した、ゆうこりんを母星へ連れて帰るための使者だったのだ!

 「コリンウィルソン星」は実在し、ゆうこりんが「イチゴトマト姫」だというのも嘘偽りのない現実だったのだ!


 ゆうこりんの体内に密かに埋め込まれていたマイクロチップが、極端にゆうこりんが疲れて憔悴して、生命の危機が訪れたときに、それに呼応して反応して、緊急アラームを送って、救助のUFOを呼び寄せたのだ!


 これは人々と、そしてゆうこりん自身にとっても青天の霹靂だったが、月に帰ったかぐや姫のごとくにコリンウィルソン星の軍隊は精強で、なんとしてもゆうこりんを連れ帰る、と言って聞かず、ゆうこりんが泣いて家族や友達を慕ったことから同情が集まり、しまいには全世界を巻き込んだ宇宙戦争が勃発してしまった!


 …結果、めでたく…ゆうこりんはコリンウィルソン星に連れ帰られる運びになり、…残された地球はUFOの搭載していた超兵器で爆撃されて、跡形もなく消滅し去ったのだった…


<了>


 

 

 

 

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掌編小説・『マラソン』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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