第10話「山村夕子」

 私と鏡峯は、その後もしばらくファミリーレストランの店内に居座り続けた。


 山村夕子を待つ時間は、長いようで短く、また奇妙な夜のひとときだった。

 鏡峯はアボガドロコモコを食べ終えると、デザートにプリンパフェを追加注文した。それを柄の長いスプーンで崩しながら、じっくり一人で堪能していた。

 私は、ひたすらコーヒーを飲み続けていた。ただし五杯目をぐためにドリンクサーバーまで歩み寄った際には、かたわらを通りすがった店員から、明らかに迷惑そうな目で見られた。


 鏡峯は、自分が通う梓野西高校のことやコンビニエンスストアのアルバイトなどについても、問わず語りにしゃべっていた。

 それらは今回の依頼を解決する上で、何ら手掛かりになる性質の内容ではなかったものの、暇潰ひまつぶしにはいくらか役に立った。もしかすると鏡峯には、延々と他愛ない話を続けて、貴重な青春の時間を浪費する才能があるのかもしれなかった。


 私もやり取りの中では、大学生活について二、三の質問を受け、その都度手短に回答した。

 もっとも鏡峯にはいまひとつ響かず、興味を引かない話だったらしい。



 やがて午後九時を二〇分ほど過ぎたため、私と鏡峯は席を立つことにした。


 カウンターで会計を済ませ、ファミリーレストランの外へ出る。

 当然周囲は夜闇に包まれ、外気の温度もやや下がっていた。


 私と鏡峯は、再び「メゾン平伊戸」を目指して、住宅街の方向へ伸びる道を引き返す。



「実はファミレスで聞いた話も踏まえて、気になっていたことがある」


 私は、人気少ない夜道で、鏡峯と並んで歩きながら切り出した。


「田中聖亜羅と山村夕子は、柏木翔馬を巡って三角関係だったのではないか」


「……あたし、なんかヒントになるようなこと言ったっけ?」


 鏡峯は、微量の驚きを滲ませた声で、正面を向いたまま訊き返してきた。

 指摘された事実を以前から知っていたものの、言及するつもりはなかったようだ。

 調査に無関係だと考えていたのか、自分が言いらすことではないと考えていたのか。

 おそらくは両方の意識があったのだろう。


 少しだけ視線の高さを上げると、街灯の照明が目に入った。

 人工の光がまたたく付近を、数匹の昆虫がせわしなく舞っている。



「柏木翔馬は山村夕子の電話番号を知っていた。それは色々考え合わせると、幾分特別なことのように感じられたのだ。地元サッカークラブの下部組織に所属しているせいでSNSアカウントを作れないから、もうひとつ他にも連絡先を確保しておきたかった――という本人の言い分は、なるほどもっともらしく聞こえる。


 しかしすでにメッセージアプリでID登録している相手にもかかわらず、単なる同級生の一人から電話番号まで聞き出していた、というのはいささか奇妙だった。彼は未来のJリーガーかもしれない多忙な少年で、余程関心を持っている友人でなければ、そこまで自分から親密な接点を求めようとしない気がした。それでもしかして、柏木は山村に好意を抱いていたのではないか、と思い至った」


 私は、自分の推理を説明しながら、視線を夜の住宅街に戻した。

 集合住宅の立ち並ぶ区画が、前方に近付いている。


「次は田中聖亜羅についてだが、ファミレスで君の話を聞いているうち、彼女が私に柏木翔馬を紹介するかどうかで、一昨日多少逡巡しゅんじゅんする様子を見せていたことを思い出した。あの素振りが何を意味するのか、これまでもうひとつつかみ切れていなかったのだが、仮に田中が柏木に懸想けそうしているのだとすれば得心がいく。


 山村夕子と連絡が取れなくなった現状に関し、田中は自分が柏木にれてしまったことが一因ではないか、と密かに疑っているのだろう。少なくともたしかなのは、田中は君や柏木ほど真剣に今回の件を解決しようと考えていなかったということだ。通信制高校の生徒はともかく、田中は山村との付き合いが君よりも長い。にもかかわらず聞き取りに応じる姿勢には、積極的に協力しようとする気配がなかった。山村と田中のあいだには、それ相応の溝があったに違いない。


 だがとにかく田中は、私が柏木に接近し、調査の過程で三人の関係が明るみに出た場合、後々自分の責任が問われて面倒なことになるのではないか、などと懸念を抱いていたかもしれない。ただしそれも結局は一瞬のことで、すぐ柏木に渡りを付けてくれたわけだから、言い逃れられる余地があると感じたのか、いざとなったら開き直ればいいと考えたのだと思うがね」


 夜道は静かで、話し声の他に聴覚を刺激するものは少なかった。

 私と鏡峯の足音が、アスファルトの上で不揃ふぞろいに響いている。


「それと柏木翔馬からはすでに報告した通り、通信制高校に在籍する山村夕子と共通の友人を、あと他に二人紹介してもらった。彼女ら二人はどちらも、君や田中と同じようなギャルだった。そうした少女と親交が少なくないということは、柏木は君が言うような『ギャルを見た目で否定しない』少年なのだろう。一方で田中聖亜羅は『口は悪いが乙女』だという。柏木のような少年にかれたとしても、無理はない。ましてや彼はそれなりに眉目の整った容姿で、性格も良く、才能あふれるスポーツマンだ。


 しからば、田中は他の異性とデートすることがあっても、いずれどうにか柏木と交際したい、と夢見ていたのではないか。もっともそれが事実なら、デートに付き合わされている相手はいい面の皮というものだが。実際のところ田中の頭の中では、柏木のような好男子と常に比較されているわけだからな」



「……ユッコとセアラとショーマの間柄は細かいこと言えば、ちゃんとした三角関係とは違うのかもしんない」


 鏡峯がそこで、あとを引き取るようにつぶやいた。


「あんたが言う通り、セアラはショーマに気があったし、ショーマもユッコのことが好きみたいだった。だけどショーマにとってセアラはあくまで仲がいい友達で、ユッコは恋より友情を大事にしたがるタイプだった。もちろんショーマはイケメンだから、ユッコも嫌ったりなんかはしてなかったけどね。三人は全員気持ちが一方通行だった」


「田中は同じギャル同士でありながら、柏木の目には山村ほど魅力的に映らなかったわけか」


「いやあのさ、それはちょっと言い方が酷いんじゃないの」


 端的に話を要約すると、鏡峯は口をとがらせて言った。

 だが些末ささいな配慮にえきはないので、かまわず続ける。


「ギャルファッションが本当に異性からの外見主義ルッキズム的な評価を回避する手段だとするなら、田中聖亜羅は女子としての内面で山村夕子に敗北したことになる。それは密かに純愛に憧れていて、乙女だという田中にとっては屈辱的だろうな。山村のことを然程心配していないのも、ますますうなずける」



 ほどなく、「メゾン平伊戸」の前までやって来た。

 最初に来たときと同じように建物を見上げてみる。

 二〇二号室の窓は、相変わらずカーテンに閉ざされ、内側で照明が点いている様子もない。

 まだ部屋の中には誰もいないらしい。スマートフォンで現在時刻を確認してみると、午後九時二七分だった。


 私と鏡峯は、アパートの裏手に回り、駐輪場に踏み入った。

 山村夕子が帰宅するまで、ここで待たせてもらうことにした。


「なんかリュウちゃんってさ、よくわかんない人だよね」


 鏡峯は、駐輪場の隅にある自販機のそばに立つと、首をひねりながら言った。


「こっちの考えてることなんかおかまいなしでキツいこと言うかと思ったら、メッチャ鋭いとこ突いてたりするし」


「ハードボイルドの世界では、大袈裟な感傷より客観的な事実が重視される。私は依頼の探偵役を務めるに当たって、極力そうした価値観の下僕であろうとしているにすぎない」


 私は、返事の合間に内ポケットから、煙草のパッケージを取り出した。

 一本まんで口にくわえ、火を点ける。何時間かぶりの味が肺にみる。


「ところで、山村・田中・柏木が三角関係に近い状況だったのなら、既知の事情に新たな見方を付け加えてもいいのかもしれない」


「新たな……って、どういうこと?」


「一度会っただけの個人的な印象だが、柏木翔馬は篤実とくじつそうな少年だった。彼のような人間は、好意を抱いている少女が不遇な環境にあると知った場合、相手に同情心を覚えるのではないだろうか。そうなると、柏木の心は山村へ余計かたむき、田中と山村の溝が深まるかもしれない」


「だからユッコは、自分のことを人前で話し難くなってたっていうの?」


「元々隠し続けていたのだろうが、余計に打ち明けられなくなった可能性はあり得る。山村夕子が恋愛より友情を大事にしたがっていた、というなら猶更なおさらだろう」


「……あんたに言われるとなんかむかつくけど、わりとそれありそう」


「さらに余談だが、君に関しても気付いたことがある」


「は? あたしのこと?」


「君がなぜ、柏木翔馬の連絡先を知らなかったかについてだ。仲が良い山村や田中との三角関係を知っていたから、巻き込まれたくなかったのだろう。それで柏木とは適度に距離を置くため、故意にメッセージアプリのIDなどを聞き出そうとしてこなかったのではないか? 


 それに君は以前、山村に会おうとして通信制高校まで様子を見に行ったことがある、と言っていたな。しかしその際にも、柏木に学校の案内を頼んだというような話はなかった。もしかして山村のために田中を介して彼と会うのが、同様の理由で気後れしたからではないか。


 ……そう考えていくと、私と柏木が面会したとき、君や田中が同席していなかった状況にも、特殊な趣きが感じられてくる。君はその場に居合わせずに済むことを、内心安堵していたのかもしれないな。もちろん実際のところは、単に日時の都合が合わなかっただけなのだが」


 私の当て推量に対して、鏡峯は何も言おうとしなかった。

 しかしその態度こそが、事実を物語っているようだった。



 鏡峯は、小銭を取り出し、自販機の投入口に押し入れた。

 少し迷ってから、オレンジジュースのボタンに触れる。

 落下してきた缶を手に取り、プルタブを起こした。


「やっぱあたし、いまだにユッコと連絡取れなくなったのが信じられない。あんなに周りに気をつかう子で、友達みんなを大事にしてたのに」


 鏡峯は、ジュースの缶に口を付けてから言った。


「ていうか考えてみるとさ。前にも言ったけど、メッセージアプリとかSNSなんかで返信全然来なくなっただけで、解除リムられたりブロックされたりされたわけじゃないじゃん。それってガン無視されてるのはそうだけど、あの子から一〇〇パー拒否られてるのとも違うと思うんだよね。だからユッコはまだ、あたしらのことをガチで嫌ってるってわけでもないんじゃないかなって」


「君の見立て通り、そこに根本的な謎があることはたしかだ」


 私は、煙草の先端を見詰めながら、鏡峯の意見に賛同してみせた。

 細い紫煙はゆるやかに立ち昇り、暗い夜の空気の中へ消えていく。


「改めて整理するが、君の話によると『肯定的に接し合える友達同士の連帯感は、女子にとっての居場所を創出する』ということだったな。そうして山村夕子は、かつて非常に友情を重んじるギャルで、換言すれば自分の居場所を大切にする女子だった。にもかかわらず、君やその友達との連絡が途絶えて久しい。疑問の要点はそこだ。つまり山村には何かそうせざるを得ない、説明し難い事情があるのではないか――」


 私は、いったん言葉を切って、間を挟んだ。

 煙草の灰を、携帯灰皿の中に落とす。


「これは柏木翔馬にも問いただしたことだが、君は山村夕子が半年間も何をしていると思う?」


「何って……そんなの、ちっともわかんない」


「柏木翔馬は、彼女がスクーリングで登校することすらしなくなった点も勘案し、アルバイトをはじめたのではないかと考えているようだった。経済的な理由で、金銭を稼ぐ必要ができたのではないかと」


「リュウちゃんはどうなの。ユッコは半年前から、毎日バイトで忙しいんだと思う?」



「ひとつ興味深い証言がある。柏木と面談した翌日、彼以外で通信制高校に在籍する山村の友人に会った。その友人はドーナツ店でアルバイトしているのだが、山村とは半年ほど前までそこで一緒に働く間柄だったという。しかし山村はもうドーナツ店の仕事を辞めているそうだ。


 もし山村が金銭的に困っているなら、これは少し奇妙だと思わないか。他にもっと稼ぎのいい仕事が見付かったというわけではない限り、矛盾のある行動だ。


 ところで山村夕子の居宅を訪問した際、彼女は不在だった。母親は『今留守にしている』とは答えたものの、娘がどこで何をしている、ということは言わなかった。具体的に言及しなかったのは、その点について知らないか、隠しているかだ。おそらく私は前者だと思う」



 再び煙草を口にくわえ、煙を深く喫い込む。

 鏡峯もかたわらで、ジュースを口にふくんでいた。

 私は、口から煙を吐き出し、先を続けた。


「だが普通の高校三年生は、誕生日を迎えるまで一七歳だ。山村夕子の誕生日は六月二七日なのだし、それを踏まえるなら母親がアルバイトについて知らないのはおかしい。未成年を雇用する場合、真っ当な勤務先は女子高生に保護者の同意を要求するはずだからだ」


「それじゃユッコは、アルバイトなんかしていないってわけ?」


「いいや。私はどちらかと言えば、柏木翔馬の推測に近い見解を持っている」


 鏡峯の確認するような問いに対して、しかし私は安易に同意できなかった。


「君には駅前で一度話したが、山村に関しては『過去にアミューズメント施設で年上の派手な男と一緒だった』という情報があった。私は、その人物が彼女の現状に何かしら関わりがありそうだと思う。そうして、それが金銭をともなうものだったとしても、おそらく驚くには値しない」



 そこまで話したところで、これまでにない沈黙が生まれた。


 鏡峯は、何か言いたげに口を開きかけたが、途中で一度閉じた。

 猫のような瞳は、自販機の前面に並ぶ飲料サンプルを、意味もなく見ている。

 駐輪場を照らす街灯の照明がちいさな音を立てて、頭上で何度か点滅した。


 たっぷり一〇秒近く経過してから、ようやく鏡峯は言葉をしぼり出した。


「……は? 何それ、なんかおかしいじゃん。今リュウちゃん、マトモな会社だったら未成年を親が知らないところで働かせない、みたいなこと言ったよね。それって――」


 鏡峯は、酸素不足にあえぐような声で言った。


「それって、だから……ユッコはマトモなことして、働いてない、ってこと? でもアルバイトとか、なんかお金になるようなこと、友達にも言えないようなことしてる。おまけにそこには、よくわかんないけど怪しい大人の男が関係してる、みたいな――……」


 どうやら鏡峯は友人の現状に関して、柏木翔馬と似通った想像を抱いているようだった。

『未成年の少女が大人の男性と接することで、対価を得られるような真っ当ではないこと』

 山村夕子は、そうした行為に及んでいるのではないか、と。


 あるいは山村の家庭環境に僅かながら接し、殊更に悪い憶測を巡らせているのかもしれない。

 水商売に従事する母親の子が、例えば世間で「援助交際」や「パパ活」などと呼ばれる類の場に足を踏み入れる――

 それは極めて短絡的だが、第三者がおちいりやすい連想のように思われた。



 私は、もう一度スマートフォンを取り出し、現在時刻をたしかめた。

 午後九時三六分。すでに山村夕子の帰宅予定時刻を過ぎている。

 ひとまず駐輪場から、アパートの通用口側に面する道路へ出てみた。

 鏡峯もならって、そのあとに付いてくる。


「山村夕子の素性を巡る謎について、あとひとつ排除できない可能性がある」


 私は、暗い夜の住宅地を、目をらしてながめながら言った。


「私は今『普通の高校三年生は、誕生日を迎えるまで一七歳』だと言った。だがもしかすると、彼女は普通の高校三年生ではないかもしれない」


「……え、待ってリュウちゃん。それってどういう意味なの」


「山村夕子にとって、一八歳の誕生日が去年だったとしたらどうする?」


 解説を求める問いに対し、私は逆に訊き返す。

 鏡峯は一瞬、きょかれた様子だった。




 そのとき、右手の道路で、まばゆい光がひらめいた。

 それは夜闇を引き裂きながら、こちらへ接近してくる。

 自動車のヘッドライトだった。あたかも発光体が浮いているように見えるのは、車体が黒く、周囲の暗がりに溶け込んでいるせいらしい。徐々に光が近付くにつれ、低く唸るようなエンジンの音も聞こえてきた。


 私と鏡峯は、道の端に寄って、車が通る幅を空けた。

 だが黒い自動車は、目の前を素通りせず、曲がり角で減速した。

 緩やかに左折し、「メゾン平伊戸」の通用口付近で停車する。

 街灯の明かりの下で、車の形状がくっきりと浮き上がった。

 やはり黒い車体で、ツードアのスポーツカーだった。



 運転席のドアが開いて、車内から人影が降りた。

 洒落しゃれたジャケットを羽織り、柄物のシャツを着た成人男性だった。

 おそらく三〇歳前後の年輩で、派手な印象の格好をしている。


 アミューズメント施設で得た情報に出てくる「派手な年上の男性」だ、と直感的にわかった。


 鏡峯がそれに反応し、スポーツカーの方へ素早く動き出していた。

 派手な男性の身形みなりを見て、咄嗟とっさに同じ判断を下したらしかった。

 私も鏡峯のあとに続いて、黒い車体に早足で近付く。


 派手な男性は、そのあいだに車の前を通って、反対側へ回り込んだ。

 助手席のドアを開けると、次はそこから同乗者らしき人影が降りた。


 やや小柄でほっそりした、年若い女性だった。

 鏡峯と同年代だから、少女と呼ぶべきかもしれない。



「――ユッコ!! ユッコなんでしょ!?」


 鏡峯は、少女の人影に向かって声を掛けた。

 まだ中身のジュースが残った缶を、躊躇ちゅうちょなく道端へ放り出す。

 それから、尚もスポーツカーへ小走りに駆け寄った。

 ところが不意に立ち止まり、凍り付いたように手足を硬化させる。

 相手のたたずむ場所まで、あと四、五メートルという距離だった。


 鏡峯の声を耳にして、派手な男性が顔を上げた。

 車を降りたばかりの少女も、手前を振り返る。


「もしかして、メグ……? メグなの?」


 鏡峯の姿を見て取ると、相手の少女が訊き返してきた。

 驚きと戸惑いが入り混じった口調だった。その声音には、たしかに私も聞き覚えがある。山村夕子の携帯電話の番号に掛けた際、受話口で耳にしたものと同じだ。


 この少女こそ、ずっと連絡が取れなかった山村夕子そのひとなのだろう。


 鏡峯は、半年以上も前から探し続けていた友人と、ついに再会を果たしたのだ。

 にもかかわらず、夜道の真ん中で立ち尽くしたまま、次なる言葉を失っていた。

 その顔を近寄って覗き込むと、猫のような瞳が驚愕きょうがくに見開かれている。

 だがそれも、致し方ない反応なのかもしれなかった。



 なぜなら目の前に立つ山村夕子は、鏡峯が知る姿ではなかっただろうからだ。

 少なくとも、私が写真で見知っているギャルファッションの女子高生ではない。



 山村夕子は今、清楚可憐な美少女だった。


 街灯に照らされた服装は、レースブラウスの上から薄手のアウターを羽織り、膝丈のプリーツスカートを穿いたフェミニンなものだ。

 透き通るように肌は白く、さらさらしてつややかな黒髪が腰に届くほど長い。

 メイクも自然でけばけばしさがなく、大きな瞳は黒目がちで、蠱惑こわく的な魅力を感じる。


 それは現在の彼女がたずさわるにとって、まさしく相応しい容姿なのだった――


 鏡峯も私も、すぐにそう理解することになる。

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