第10話 湖のお茶会

「お嬢様、ダージリンとアールグレイ、どちらにします?」


 月の真下にある湖の上で、セバスチャンが執事らしくあたしに聞いてくる。


「せっかくの異世界なんだから、他のやつないの??」 


「残念ながらありません。これはお嬢様のリボンから作ったもの。お嬢様の脳内にあるものしか作れません」 


 あたしは紅茶ならダージリンとアールグレイしか名前知らなかった。

 だって前世では庶民だもん。


「じゃあ、アールグレイで」

「はい、お嬢様」


 陶磁器のポットで紅茶を注いでくれる。あたしのお気に入りの、東洋風のマイセン。青い牡丹の絵が描かれている。月明かりに反射して星みたいに輝いていた。


「この紅茶はいい味ですね」


「ジャン君は紅茶の味わかるの??」 


 ちょっとからかってやる。


「ごめんなさい……全然わかりません」


 てへぺろっとするジャン君。 


「素直でよろしい」 


「えへへ」


「そのクッキーも食べて」 


 縁が薔薇のように波打っている白いお皿に、チョコチップクッキーがたくさん入っている。何を隠そう、これはあたしが前世で大好きだったカントリーマー○だ。よく残業で会社にいる時、バクバク食ってたなあ……


「ローザ様!!このクッキーはとってもおいしいです!!」


「おお、そんなにおいしいのですか。わたくしもひとつ……う!これはうまい!!」


 これ、スーパーで普通に売ってるカントリーマー○なんだけど。

 こんなにおいしそうに食べる人たちは初めてだ。

 社畜時代は残業中にアホみたいにバクバク食っていたな……

 いつもいつも納期に追われて、夕食を食べる暇がなくて、こればっかり食べてたんだよな。

 あたしはカントリーマー○を異世界の月にかざした。

 だめだ……やっぱり今日は、感傷的になってしまう。


「ローザ様、そのクッキー貸してください」


「え、何するの?」


「ちょっと見てて!」


 ジャン君は、クッキーを両手で包み込んだ。ふうっと息を吹きかけて、小さく呪文を詠唱した。


「いっけー!」


 湖の水面に向かって、クッキーを投げた。クッキーは緑色のまぶしい光を放って、鼠みたいに走り出した。

 水面を勢い良く走り回って、やがて消え行った。


「きれいだねー」


「ローザ様も」


 わたしの手にクッキーを握らせる。


「あたしは無理よ」


「投げてみて。ローザ様もできるから」 


「うん……」


 あたしは言われたとおり、クッキーを投げた。すると今度は赤い光を放ちながら、クッキーは水面を走り回った。


「あたしのは赤いんだ」 


「クッキーによって色が変わるように設定したんです」


「へー」


 もっと投げたくなってきた。

 今のあたしには、ストレス発散が必要だ。


「みんなでもっと投げよう!」


「ローザ様?」


「さあ、ジャン君もセバスチャンも!」 


あたしたちは、お皿にあったクッキーを次々に湖に投げた。黄、青、緑、紫、赤……クッキーはいろんな色の光を放ちながら走って行く。

 小さな頃、家の近くでやった花火を思い出した。 


「あー楽しかった!」


「ローザ様、やっと少し笑ってくれましたね」


「そうだな。やっとお嬢様が笑った」

 

ジャン君とセバスチャンがあたしを指差して笑う。


「うん!今のはちょっと面白かった」 


「そろそろ、夜が明けてしまいます。帰りましょう」


 あたしたちはまた魔法のじゅうたんに乗って、空に浮かび上がった。空が少しずつ、白くなっている。もうすぐ太陽が昇るんだ。  


「ありがとう、ジャン君」







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