第8話 炎の精霊を召喚

「あれです!」


 ジャンが指差した先に、大きな湖があった。

 深い森の真ん中に、ぽっかり青い穴が空いている。

 澄んだきれいな水。

 夜空の星がぜんぶ集まっているみたいだ。


「下りましょう」


「ジャン君、本当に降りて大丈夫なの?モンスターいるんでしょ??」


「ええ。この近くにドラゴンの巣があります」


「やばいじゃん!」


「ぼくがローザ様を守りますから」


 こんなかわいい子に「守る」と言われてもなあ……。

 むしろそれって、あたしのセリフかもしれない。


 ローザが信用していない顔をしていたから、


「ぼくはちゃあーんと攻撃魔法も使えるんですよ!火の精霊を呼び出すこともできるんです!だから大丈夫!ぜったい安全安心なんです!ぼくに、たーんと任せてください!」


 必死なところが余計に不安なんですけど……

 でも、一生懸命にあたしを守るって言ってくれて、ちょっと嬉しい。

 前世でも異世界でも「男」から「守る」と言われたのは、なんだかんだで初めだ。

 意外とそういうセリフ言ってくれる男っていないのよね……

 「男」には言葉でも行動でも、裏切られてばっかだった。

 冷静に考えたら、あたしはこの子がどんな人なのか、全然知らない。

 たしかにかわいい子でついつい拾ちゃったけど……

 もしかしたら、アルトリウス家が送り込んできた暗殺者かもしれない。

 あたしが(ちょっと)ショタ好きで、前世で乙女ゲーに(少しだけ)ハマっていたこととか、どっかで調べてきて、あたしを油断させるためにこんなかわいい子を使って……

 

「ぼくを、信じて」


 ローザの手を、ジャンはぎゅうーと握った。


「うん……」


 もう傷つきたくない。

 もう裏切られたくない。


「……わかりました。なら、ぼくの力をお見せしましょう」


 ジャンが目を閉じて、両手を高く掲げた。


「……深遠なる火の精霊よ。神なる炎の力を我に与え給え!」


 だんだん空気が熱くなってきた。まるで焼けるような感じ。


 空中に赤い渦が出現した。

 火の粉を撒き散らしながら、虹色の光が集まってくる。

 

「わあ……きれい」


 夜空に打ち上がった花火を間近に見ているようだった。

 虹色の光はより激しく輝き出す。


「ううう。まぶしい!」


 顔を両手で覆った。


 ぶぼうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんん!!!


 煙の中から、人っぽい影が見える。

 赤い髪に赤い瞳。

 細マッチョな身体。

 ……けっこうイケメンじゃん。

 だだひとつの欠点は、服を着ていないことだ。

 炎で大事なところを隠している。

 これが異世界のワイルド系ってやつ??


「わたしを呼び出したのは、あなたですか??」


 あたしの鼻先に、火の精霊の顔があった。

 転移魔法で、瞬間移動してきたのだ。


「ちょっと、近い!!」

 

「こんな美しい令嬢に召喚されたとは……光栄です」


 精霊のくせにチャラいな……

 あたしの手、もう握ってるし!


「あたしじゃない!!隣のその子!」


 ローザはジャンを指さした。


「そうか……まあ、わたしはかわいい少年も嫌いではないです」


 そっちもOKなんだ……

 あたしと仲良くなれるかも……

 って、ぜったいむりだ!


「で、きみはどうして、わたしを呼び出したのですか?」


「近くにドラゴンの巣があるから、ドラゴンたちかぼくらを守ってほしいんだ」


「なるほど……だが断る!!」


「え、なんで??」


「きみのようなレベルの低い魔術師に使役されるなんて、精霊の名が泣いてしまう」

「そんなー」


 ジャンは泣きそうになった。


「ひとつ条件がある」


「どんな??」


「そこにいる令嬢の、執事にしてくれ」


「え!あんたなんか雇なくない!!」


 ローザは、びっくりして叫んでしまう。

 しかし、火の精霊はローザの意見をシカトして続けた。


「わたしは一度、貴族の令嬢の執事をやってみたかったのだ。お嬢様、お茶でございます……なんて言いながら、午後の優雅なひと時を美しい令嬢と共に過ごす。最高ではないか!!」


「じゃあ、執事になってください」


「ちょっと、ジャン君!」


「ローザ様、いいじゃないですか。火の精霊が執事になってくれるなんて、きっと何かの役に立ちますよ」


「でも……」


「決まりだな」


「名前は、執事ぽっく、セバスチャンでどうですか?」


「おお、いいな。わたしは執事のセバスチャン・フレイム。先祖代々この令嬢の家にお仕えしている執事だ。ついでに、暗殺スキルもあるってことで」


「いいですねー」


 2人で勝手に設定つくってるし!

 火の精霊だから別に素性の知れない危ないやつってわけでもなさそうだし……。

 ちょうど、お屋敷で執事がひとり辞めたばっかりだから、別にいいか!

 マリアを上手くごまかせればなんとかなる。


「うん……なら執事になって」


「ありがとうございます。お嬢様!」


 火の精霊セバスチャンがローザの手の甲にキスをする。


「ちょっと!その瞬間移動やめて!!」


「はい!お嬢様!」


 はあ……なんか妙なことにあったけど。


 なんだか楽しいな。

 

 









 

 

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