第十九話 私は魔導煙突掃除人
暗闇の中、アリスが見つけたのはやはりドゥールイズだった。
ドゥールイズは先ほどのアリスのように小さく丸まり、何かを呟きながら泣きじゃくっていた。
『ドゥールイズ? どこか痛むの?』
『……アリス、ごめんなさい。私、あなたが羨ましかったの』
『羨ましいって……。私は何でもできるドゥールイズの方が羨ましいけど』
アリスの声に、ドゥールイズは顔を上げずに答えた。そう言ってしゃくりあげるドゥールイズは本当に幼子のようだった。
アリスは何か優しい言葉でもかけてあげようかと思った。しかしどうしても憎たらしさの方が先に立ってしまうのは、これまでの積み重ねのせいだ。
『まあいいや。でも私にいつもきつく当たるあなたのことは嫌いだから、それは変わらないよ』
はっきり答えたアリスは胸の中のつかえがとれたようだった。ドゥールイズもまさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。すっかり泣き声は止まり、ムッとした声が返ってきた。
『き、奇遇ね。私も羨ましかったのは本当だけど、あなたのことは嫌いよ』
『それはどうも』
でもアリスはわかっていた。アリスが煙突掃除をしていた時に何かが起こっていたこと。ドゥールイズはアリスを守ってくれたこと。
諦めたように小さくため息をついて、アリスは魔力をヘアブラシに変えた。先ほどから気づいていたのだ。ドゥールイズの長い髪が何かに絡まって動けずにいる。
『でも、特別に泣いていたあなたのこと慰めてあげる。私のこと、守ってくれたから』
『……ふん、好きにしたら』
ツンとして言い放つドゥールイズの髪をアリスはすこしずつ梳かし始める。真っ直ぐな髪のはずなのに、何かにきつく絡みついて解けない。しかしアリスは丁寧に、少しずつ梳かし進めた。
『……こんなに気持ちいいんだ』
どれだけの時間そうしていただろうか。ぽつりとドゥールイズが呟いた。
『誰かに梳かしてもらうのがこんなに気持ちがいいなんて、知らなかった……』
『そっか……』
静かな時が続く。気づけば暗闇はすでに消え、いつの間にかアリスたちの周りにはダストがきらめき、同じ方向に向かい始めていた。
きつく絡み合っていたダストの流れが再び生まれ始めた。
◆◆◆
「じゃあフェイスさんはトーリオをお願いしますね」
フェイスにそう言い残し、セオは他の二人と共に排出装置の前に向かった。その様子を憮然とした表情で眺めている男がいる。
「よくもやってくれたな。大損害だ」
フェイスは動くのを諦め、座り込んでいるトーリオに声をかけた。何も答えないトーリオは、排出装置の前で作業を行う兄の背中をジッと見ているようだった。
「貴様のは憎しみじゃなく嫉妬だろう。逆恨みもいい所だ」
「……そうかもね」
ようやく答えたトーリオの口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。だが自嘲するようなトーリオの言い草に、フェイスの心に湧いてきた思いは怒りでも憐れみでもなかった。静かな決意だった。
「誰かに認められるには、まず自分で自分を認めなければいけない。逆らうのも止まるのも違う。流れの中で自分の在り方を探さないといけないんだ」
「頭でっかちな副社長さんだこと……」
「ははっ、それはどうも」
トーリオの返事は呆れたような声色だった。しかしフェイスは驚きも苛立ちもせず、軽く笑って答えたのだった。
アリスとドゥールイズに怪我はなさそうだった。アリスから発せられる光が彼女を抱きしめるドゥールイズまで及んでいる様子をみると、がれきの下敷になっても無事だったのはこの光のおかげなのかもしれない。だが段々とその光も弱くなってきている。
セオはリュゼとオーリオの二人に声をかけた。
「まず僕がこの子たちの意識を繋いでおく。そうしたら君たちには出来るだけ早くダストを流せるように頑張ってほしいんだけど、いいかな?」
「あんたに聞かれなくてもそうするつもりだよ」
「……頑張ります」
二人の声を聞き、セオは満足そうに目を細めながら、丸ブラシの柄に力を込めた。
「じゃあ始めようか。僕達の煙突掃除を――」
◆◆◆
『――しっかし、何に絡まってるのコレ? 全然ほどけないじゃない』
『うるさいわね。もう良いわよ。アリスは帰りなさいよ』
『うーん、もうちょっと……』
どれだけアリスがヘアブラシで梳かしても、ドゥールイズの髪の絡まりは解けなかった。
『いいから早く帰りなさいよ! あなた死んじゃうわよ!?』
声を荒げるドゥールイズをアリスは無視した。そんなことわかっている。
『自分が置かれている状況くらいわかるわよ……』
『だったら――』
『うるさいわね!!』
アリスの苛立った声にドゥールイズはびくっと動きを止めた。ダストを閉じ込めたような瞳がまっすぐドゥールイズに向けられていた。
『私は魔導煙突掃除人なの! この町の安全と、みんなの生命を守るのよ! だから私はあんたのことも守る!』
『アリス……』
『まったくもうっ……うーん、解けそうで解けないなぁ』
再び梳かし始めたアリスをそれ以上見ていることが出来ず、視線を落としたドゥールイズの足元で何かがキラッと動いた。
『魚?』
ドゥールイズがハッと顔を上げると、周囲のダストが絹糸のようにつながり、波打ち始めている。その波間を縫い、キラキラと魚が気持ちよさそうに泳いでいく。
『な、にこれ……っ、きゃ? 柔らかい?』
驚いたドゥールイズが思わず手をついた部分は、幼い頃に抱いたぬいぐるみのように柔らかだった。
『ア、アリス――?!』
『っ! と、取れた! やったぁ~!』
歓声を上げたアリスの手の中には、一束の髪の毛があった。きつく絡んでいたせいか、真っ直ぐなはずのドゥールイズの髪はアリスのそれと同じようにくせがついていた。
大きな瞳を瞬かせ喜びの声を上げたアリスは、にわかに変化した周囲に気づくと口をぽかんと開けた。
『すごい……これ、って』
アリスには見覚えがあった。
『これ、リュゼさんの魚。それに、このふわふわは多分オーリオさん? そしてこの長い糸は――』
アリスの意識はそこで途切れた。
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