第十八話 みんな、同じ

 突然包まれたのは暗闇。行くも戻るも出来ない暗闇だった。

 

(ここは、どこだろう。煙突の中……?)


 ぼんやりした意識の中、アリスは周りを見渡した。あたりにきらめくダストは見当たらない。あるのは暗闇だけだ。


(怖い……私、一体どうしたんだろう)


 アリスは震えそうになる身体を抱きしめた。思い出すのは両親を失った事故の時の記憶。目を開けて居られない程の光に包まれ、母の手に触れ――そして次に気づいた時にはアリスは暗闇の中に一人ぼっちだった。

 瞳の中にはダストが入り込み、二度と取り出すことは出来ないと言われた。ダストを大量に浴びたせいで身についた魔力も、今のアリスを助けてくれない。


(ダストのせいで、私はたくさんの物を失って来た。どうして魔導煙突掃除人なんかになっちゃったんだろう……)


 ふわふわと暗闇で漂う意識の中でアリスは身を小さく縮めた。だがその時、ほんのかすかな声が聞こえて来た。途切れ途切れのその声は、アリスを呼んでいるようにも聞こえる。


(声だ……。この声、私を呼んでる?)


 耳をすませたアリスはその声が確かに自分を呼んでいることに気づいた。


(この声、聞いたことがある、少し腹が立つこの声は……ドゥールイズ? でも何で泣いてるの?)


 小さくなった身体を伸ばし、アリスはドゥールイズの声の聞こえるほうへ意識を向けた。


◆◆◆


「こ、れは……」


 息を切らせたリュゼとセオがたどり着いた先には、目を疑う光景が広がっていた。扉から部屋を覗く二人の正面の壁は崩れ、ぽかんと空が見せる。落ちる雨粒が濡らす室内の床はがれきだらけだ。

 二人は身についた習性で次の瞬間には排出装置と煙突に目を向けていた。室内の荒れ具合に反して排出装置は無傷だ。外に伸びる煙突も破損個所はなさそうに見える。


「ア、リス……?」


 しかし、部屋はとても静かだった。リュゼの小さな呟きもしっかりと届く程だ。


「……魔力が、止まっている」


 静かなのは排出装置が停止しているせいだった。きっと爆発の影響だろう。


「それって……急がないと――」


 セオとリュゼの後ろに立つフェイスが顔色を変えたその時、ガラ……と部屋の隅でがれきが崩れ、何かが動く気配がした。全員の目がその姿を捉えるより早く、部屋に飛び込んだ者がいた。


「――トーリオ!」


 立ちすくんでいた三人を押しのけるように飛び込んだのは!血相を変えたオーリオだった。傷だらけのトーリオに気づいたオーリオは目を見開いた。


「トーリオ、大丈夫か?! 怪我しているじゃないか、一体何が――」

「触るなァッ!」


 だが弟を心配するオーリオに向けられたのは拒絶の咆哮だった。


「……トーリオ?」


 唖然とするオーリオにトーリオは憎悪のこもった眼差しを向けている。床に血交じりの唾を吐き捨て、トーリオは顔を歪めたまま切れた唇を開いた。


「俺は……俺は昔からてめぇのその偽善面が大っ嫌いだったんだよ! 同じ顔に生まれただけであんなに比べられるだなんて、クソみてぇな人生だったよ!」

「な、何を……」

「どんなに頑張っても出来の良い兄貴に隠れる弟の気持ちがわかるか? 必死に頑張っていい会社に入ったのに今じゃ立場逆転だ! お前はさぞかし気持ちい良いだろ? ハハハ……っ! でもなぁ、これでお前もこの会社も終わりだ! 俺が壊してやったからな!」

「そ、んな。お前がこれを……」


 苦しそうに笑うトーリオは壁に寄り掛かり、ズズッと立ち上がった。一歩踏み出した足がよろけ、思わずオーリオは駆け寄る。


「来るんじゃねぇッ!!」


 トーリオの叫びにピタリと動きを止めたオーリオの背後では、リュゼとフェイスが必死でがれきを避け、残る一人の姿を探していた。


「アリス! いるか、返事をしろ!」

「おい、退け。俺の方が力がある。がれきを避けるのは俺の方が早い」


 睨み合い、お互い動けずにいる兄弟に静かな声が落ちた。


「……君たちに、またつながれる機会が訪れると良いなと思ったんだよ」


 カラ、と軽い音を立てて踏み出したセオは、二人を色素の薄い瞳で交互に見つめ、緊迫した場に似つかわしくないゆったりとした口調で続けた。


「君たちに何があったかは知らない。けど、今はこっちが優先だ。君たちも魔導煙突掃除人だろう?」


 すっと向けた眼差しにつられるように、兄弟の視線がやっと動く。

 視線の先ではフェイスが大きながれきを避けている。その隙間に、淡く光るものが見えた。


「……この光は? いた……いたぞ!」


 フェイスの声にリュゼも目の前のがれきを一心不乱に避けはじめる。するとそこにはうっすら輝くアリスと、もう一人――アリスを守るように抱きしめるドゥールイズの姿が現れた。


「怪我は……なさそうだが、意識が――」

「はぁっ?! なんで二人なんだよ! てかこの子誰だいっ!」

「この子、メゾン・スムース社の……」


 思わず声を上げたリュゼにフェイスが答えた。顔を見合わせる二人からセオは再びオーリオに顔を向けた。


「ねえオーリオ、君はダストを柔らかくするんだよね」

「……っ、あ、は、はい。詰まって固まったダストを柔らかくして流します」


 セオの呑気な声に、オーリオの放心がとける。セオはいつもの笑みを浮かべながら、オーリオの手を引いた。


「さあ、早く行ってあげないと」

「え、行くって……どこに」


 戸惑うオーリオに答えず、セオはフェイスとリュゼによってがれきから引き出されたアリスとドゥールイズの元に歩みを進めた。

 煙突内のダストに魔力を繋いだまま爆発に巻き込まれたのだろう。案の定というべきか、二人の意識はない。


「セ、セオさん! このままじゃ危ないのでは? 早くなんとか……」


 近づいてきたセオにフェイスが焦ったように声をかけた。だがセオの表情は変わらない。


「僕が得意なのは“つなぐ”ことなんだよ」


 その場にいる全ての人間に言い聞かせるようにセオが語り始めた。


「魔力やダストの流れ、人の関係、そして生命……。世界はみんなばらばらに見えてつながってるものさ。いくら離れても元に戻れるんだ。僕はそれをつなぎ合わせるのが得意なんだ」


 そしてセオはアリス、オーリオ、リュゼの順にゆっくりと顔を見ながら続けた。


「絡まっていたら、きっとアリスがゆっくり解いてくれるさ。オーリオに柔らかくしてもらっても、リュゼに押し出してもらってもいい。また同じように流れ出すから……」


 最後にトーリオに目を向けたセオは確信を持った声で告げた。


「終わったら君も、空を見てみると良い。ダストがいつまでもそこに留まらないことに気づけるはずだよ」


 そう言うとセオはパッと表情を変えた。それは自信に満ち溢れた、魔導煙突掃除人としての顔だった。


「さあ二人とも、そしてダストたち。この子たちと世界を再びきらめかせよう――」

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